スペーストラック’ん-3
そこには、むやみに分かりやすい姿の施設が浮かんでいた。
一言でいうなら、巨大チョウチン。多数の斥重力プロペラで器用にバランスを取っている。ガスや重力乱流については、流されるままにしているようだ。
それはそれで合理的だ。
側面にはでかでかと「森田電気」とペイントしてあり、しごく分かりやすい。
俺がその「電」あたりにKKを近づけると、「田」の字が四つに開いて中が見えた。簡易宇宙港になっていて、ほかにも小さなフネがいくつか停泊している。
誘導信号に導かれ、KKをその一角に停めると、規格品のタラップが伸びてきてこちらと接続された。まあ、よくある光景だ。
ここからは通常業務。クルーに荷降ろしの指示をだし、自分はタラップから基地に降りた。副長に留守をまかえ任せ、お供に飛行長のつぐみちゃんを従えて、だ。
全長四百メートルの軽々とKKを飲み込むほどだ。中はかなり広い。
少し途方に暮れていると、携帯端末に案内人をよこすとの連絡が入った。
そして待つこと十分。
突っ立っていた俺たちの前に、ちっこい影がひょっこり。
「なぜ、お前がいる!?」
驚く俺のすぐ隣で、つぐみちゃんが同じことを叫んでいた。
「何故って、父さんの仕事場に遊びに来ただけさ」
と言ったちっこい影は、先日のマキちゃんだ。
「学校はどうした」
「ゴールデンウィークですが何か?」
あー……軍人やってるともう。久しく忘れてた。
「それでさ、つぐみんはともかく、桑さんまでどうしたのさ」
「仕事だ、仕事」
こんな物騒なところ、遊びで来るやつが居るか。
「わるかったね」
そういやマキちゃんはテレパスだ。考えはほぼ筒抜け。
「まあね、普段はほら、天京のお店がある家にいるんだけど、今日はたまたま。ボク……わたしがヒマしてたから、案内を頼まれたんだ」
つか、あの電気屋、森田電気と同系列だったのかよ。
「うん、あっちは普通の電気屋やってるけどね」
口に出さずに答えが戻る……少々やりにくい。
「たまちゃん、めったにこっち来ないのに、どうしたの」
隣のつぐみちゃんが、肩をすくめて聞いた。
「『たまちゃん』よぶなー。つぐみんも、どうしたのさ」
「残念そうね、たまちゃん」
――邪魔が入った。
ぼそり、という感じの思念波が飛んできた。たぶんマキのだ。
「そりゃまあ、せっかく家族水入らずのところをお使いじゃな」
なんとなく、マキの頭をなでなでしようとして、べしっとその手をはじかれた。なぜかマキの目が三角になってる。
横ではつぐみちゃんが「は~」とため息をついていた。
そして、マキと同時に口を開いた。
「ロリコン艦長」
「おっぱい星人」
「矛盾してないか?」
思わず突っ込んだが、問題はそこじゃない。
「桑さん、さっきからつぐみんの胸ばっかり見てる」
いや、尻もだ。いやいやいや。
「たまちゃんを食事に誘った男性って、艦長だったのですね」
いちご食わせただけだ。高かったけど。ま、顔は可愛いから眺めてて悪い気はしなかったが。……いやちょっとまて。
「なぜ、そこの二人はあだ名で呼び合っているんだ」
「なぜって艦長」
「従姉妹だし」
なるほど、宇宙は狭い。せますぎる。
と、いうことはだ。
「スケベ」
考える前に、マキのツッコミが入った。
「つまり、たまちゃんの顔でボディが私なら理想だと?」
「つ、つぐみちゃん、それは考えすぎだよ」
「ウソ、ほぼつぐみんので正解」
ぷい。マキがそっぽを向く。
「どうせチビさ。ふん、こんなの放っといて行こうよつぐみん」
ちょっとまて、ここで放置されたら俺は迷子だ。
「ちっ。迷子になられたら、父さんに怒られる。こっちだよ」
なんだ、案内役ってマキのことだったのか。大人はみんな忙しいんだな。
俺はそう思いつつ、ちびのマキのあとからついて行った。殺風景な通路や階段を、結構な数の職員たちとすれ違いながら歩くこと数分。ふと気になった。
「ところで、たまちゃんってなんだ」
「森『田マ』キ」
ぼそりとつぐみちゃんが横から答えた。なるほど、それてたまちゃん。
「桑さんは言わないこと。さて、そろそろさ」
手招きされさらに階段を上ると、なにやら広い実験施設を見下ろす舞台のような場所にたどり着いた。その真ん中で、白衣のおっさんが一人、携帯端末を片手に突っ立っていた。
「ああ、キミが桑原艦長かね」
おっさんはこっちに気が付き、声をかけてきた。
俺は「はい」とこたえて舞台に上った。
そこからは、広大なチョウチン内部が見渡せた。配線、配管、タービン風の円筒形施設、その他わけのわからんものが絡み合うように積み上げられている。
「特務巡洋艦『鬼怒九号』艦長、桑原であります」
俺は巨大施設に驚きつつ、敬礼しながら型通りの挨拶をした。
つぐみちゃんが隣で敬礼、反対側でマキが「ぷっ」と噴きだしていた。
「こらマキ、大人を笑うもんじゃないぞ」
「はーい、父さん」
へえ、このおっさんがマキの父親か。なにやらエラそうだ。
「よろしい、たとえロリコンでも敬意を払っておきなさい」
ちょっとまて。
「おっと失敬。私が、当研究所の所長兼、森田電気技術本部長の森田真治です。見ての通り、重力子の研究施設を運営しております」
おお、この巨大施設の親方とは、マジでかなり偉そうだ。もしや、いずれは社長か。だとすると、このちびは……。
「くーわーさん、逆たまとかねらってない?」
「たまちゃんで駄洒落か?」
「たまちゃんいうなっ! 桑さんまで、もう」
ぷい、とたま、もといマキ。顔が赤いですよ。
「まあまあ、艦長殿。それよりこちらで仕事の話ですが」
「そうでした」
おっと、ついマキのペースに。俺は森田所長に招かれ、台に隣接したこれまた見晴らしの良い執務室に移った。
仕事の話といえば、まず言わなければならないことがある。
「まずは、水などの物資を当初の予定通り運び込んでいます。ですが、例の転送機ですが、ナブロクレの襲撃で二基ほど損傷してしまいました」
嘘じゃねーぞ。連中が来なければ、ぶっ壊れるの承知で水に突っ込んだりしなかったさ。
で、森田所長が俺を見て、マキを見て、また俺を見て、肩をすくめた。
「致し方ないですな。どのみち、予定では六基あれば十分でしたので。うち、三基はそちらに載せていってもらうつもりでした」
「はあ」
思わず気のない返事が出た。
「予備も含めて、四基ずつ分けるとしますか」
「わかりました。水の移送が終わり次第、四基だけ移すように手配します」
俺はそういうと携帯端末をだし、ぽぽいとKKの副長に指示を出した。
「そうそう。細かい指示は後で出しますが、帰りにお願いしたいことがあります」
何だろう。帰りの荷物の話は、聞いてない。
「この施設もだいぶ古くなりましたので、次の大きなテストを終えたら閉鎖となります。というわけで、物資の運び出しはだいぶ済んでいるのですが」
「積み残し、でしょうか」
「いいえ、最近定期便の遭難が相次ぎまして、大切なところが完了出来てないのですよ」
「と、申しますと?」
最後まで残した大切なものとはなんだろう。
「従業員ですよ、従業員。三百人ほど準備はさせてるので、連れて帰ってください。私と、数人が残って、最後の実験と後始末をしていきますので」
遭難と言うのも気にかかる。
「まあ、遭難と申しますか……」
そこまで言って、森田所長は腕組みして黙り込んでしまった。
言いづらいことでもあるのだろうか。
――桑さん、中継するよ。
数呼吸後、マキの声が飛んできた。なんだ、思念波を送ってたのか。
――遭難ってのは従業員向けの建前で、まちがいなく襲われてるんだ。
地球同盟にちょっかい出してくるとしたら、ネフレスか、じゃなきゃナブロクレあたりか。マッサマッサやホンザイルってことはないだろうから。
口にしにくいことなのだろう、と脳内で言葉を紡ぐ。
ネフレスはいろんな種族が集まった海賊団、ナブロクレは例のお馴染み、マッサマッサは小さな星間国家で無害、ホンザイルは地球同盟の最恵国だ。
――ほぼ、ナブロクレで確定だね。なんかもう、ここに地球同盟の物があるのも気に入らないらしくて、前からこの施設にも嫌がらせがあったらしいよ。
嫌がらせ?
――周りに岩撒いたり、重力弄ってコース変えようとしてみたりさ。
この施設位になると、防御システムがしっかりしてそうだけどな。
――うん、微動だりしないレベルさ。だから、嫌がらせ。
「と、いうことですよ艦長。マキが全部説明してくれました」
中継じゃなかったのかよ。
――いいじゃん、桑さんとボクの仲さ。
どんな仲だ。
「それで、いつごろ出ましょう」
「三十時間後にお願いします」
ちょっと待て。こっちはまだ用意してないぞ。
「心配はないですよ。数日分の食料と水を持たせますから」
「ね、寝床は……」
「テントを持参で」
なんでそんなものが。
「赴任の時に使ったものですが」
なるほど。ん? なんでしゃべってないのに……。
「森田一族は、テレパス率高いんだよ。父さん、会話できるほどじゃないけどね」
隣でマキがにまっとして言った。
反対側でつぐみちゃんが苦笑してる。こいつも森田一族の親類で、弱テレパスだったっけな。だがしかし、だ。
「私個人としてはお受けしたいですし、物理的にも可能なのですが、軍の物でありますので」
「ほい」
にま。と、マキが何やら紙を一枚取り出した。
なにこれ、司令部からの命令書? つまり、命令だから連れて行けと。
「国家事業でもあるから、手伝えってさ」
「なぜマキが持ってる」
「少佐待遇ですが何か?」
忘れてた。なんだ、普通に正式な命令になっちまうじゃないか。
ここへきてまる一日が経ち、帰還組の従業員たちがKKにほぼ移動し終わった。みな、水や転送機の移動も終わりだだっ広くなった格納庫で、適当にキャンプしている。もう勝手にしてくれ。ただしゴミはもちかえれよ。
さて、そろそろ出航だ。
最後の準備をしていると、森田所長がタラップまでマキを連れて挨拶に来た。
「それじゃあ、娘を頼みますぞ」
その挨拶、まるで嫁に出すみたいじゃないか。
「嫁? 犯罪者、ロリコン」
所長の隣で、マキがによによしながら言った。なぜそうなる。
「こらマキ。もっと行儀よくだな」
「へへっ、はーい」
マキが笑いながらこっちに来た。わかってますよ所長、ちゃんと天京の家まで送りますって。
そして俺は敬礼して去ろうとすると、「艦長さん」と呼び止められた。
「マキにちょっとした依頼書をわたしたので、出航したら読んでください」
「あ、はい。わかりました。では、天京でまたお会いしましょう」
「くれぐれも、マキをよろしく」
ふむ。父親らしいというか、娘が心配なんだな。
その後、俺はマキを連れてKKのブリッジに戻ると、タラップを外してゆっくりと出航した。
窓の外には、森田電気の巨大チョウチン。
でもって、隣には軍服に着替えたマキがいた。特に手伝ってもらうこともないので、放置気味だ。
「ところで、マキちゃん」
「もりた・しょうさ!」
へいへい。
「少佐は、どうやってここに来たんだ。遭難者が出てるところを」
危険だからわざわざKKが派遣され、実際襲撃をうけた。
「それ? 例の書類を預かって『星雲』に乗ってきたんだよ」
「なんだ、仕事が建前か」
「建前いうなっ!」
載ってきた星雲ってのは、小型だが足の速い偵察艇だ。ステルス性もめっぽう高いので、連絡任務にも良く使われる。
「『星雲』は先に帰っちまったと」
「いや、最後に父さんたちを乗せて帰る予定」
「なるほどな」
そんな話をしていると、準備完了の連絡が各所から入ってきた。
OK、そろそろ出ようか。
俺は、KKを巨大チョウチンから発進させた。
つづく。
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