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ポケットの中の戦闘-3

 たしかに見た目の割りに異様に頑丈だったが所詮は訓練機。大型艦の主砲を何発も食らってただで済むわけもなく、火を噴き、砕け、ばらばらになって宇宙に散っていった。

「桑さん。もう、やめて」

 マキがもう一度言った。顔を伏せ、震えながら。

「そうだな」

 これ以上やりあうことは無いだろう。こっちもいい加減ガタガタだ。

 俺はナブロクレと銀河共通のの緊急通信回線を開き、よろよろと射程ぎりぎりのところを移動する母艦へと呼びかけてみた。超光速通信機なら、どのみち銀河連邦製のはずだ。

 ほんの一呼吸待つ間に、回線は開かれた。その、映像がメインスクリーンに回され、艦長か司令官と思しき厳ついナブロクレの姿が映された。

「そろそろ、攻撃をやめてほしい。おたがい限界かと思われます」

 正直な気持ちを俺は伝えた。

『そちらこそ、ナブロクレを攻撃するのはやめろ』

 翻訳機を通し、相手の言葉が飛んできた。

 怒り心頭。わかる、よくわかる。

 だが、今はもう……。

「わかってます。だからこうして、攻撃を中止し、話を――」

『であらばこそ、はやくやめろ』

 何を言っているんだ?

 翻訳機の不調だろうか。こっちは攻撃をやめているし、とくに怪しい動きもしていない。

「これ以上、何をやめろというのだ」

『大型重力子爆弾で、ナブロクレを狙っているではないか』

「なんだと?」

『どうした。爆弾を止めないなら、体当たりをしても止めてやる』

「待て、おい!」

 せっかく繋いだ回線は、かくもあっさり切られてしまった。

 見ると、ナブロクレの母艦はゆっくりと、いやよろよろとあの天体を背にするように動き出していた。

 そして、なけなしと思しきエネルギーを目いっぱいに使った、重力場シールドを張る巡らせた。

「なりふり構わず、あの星を守ろうとしてる。何があるのかわからないけど、ものすごく大切なんだ、ってのが、ものすごく伝わってくるよ。あの艦のみんながそう思ってる、そう願ってる……ねえ、桑さん」

 マキが青ざめた顔をあげ、声に出してきた。

「ちょっと遅くなったけど、クビになってもいいけど、ごめんなさい。任務を放棄します。理由は、聞かないで。地球を見てるみたいでさ……」

 ぱしゅん。

 唐突に、かなりの出力で何かの信号が飛んだ。

 直後、マキはマインドブースターのケーブルを外し、ふらふらと倒れながら激しく嘔吐しはじめた。

「おい! マキを!」

 俺は軍医を呼び、運ばせた。

 心配だ。かなり心配だ。落ち着いてくれ、俺の心臓。

 副長が倒れても、被弾してブリッジに死体が転がっても、もっと落ち着いていたはずじゃないか。いまどき、この程度で人は死なないぞ。

 たぶん、きっと。

「艦長、指揮を!」

 びしゃり。副長が声をぶつけてきた。

 そうさ、俺は艦長さ。二十五にしてなっちまった艦長だ。

 マイペースでやってたらなっちまったんだ。十五で軍の学校に入って、気が付きゃこうだ。恋愛なんて、中学校の中庭に忘れてきた。

 そうは見ないって? ほっとけ。

 ええい、愚痴よりも指揮だ。

 まずは状況把握だ。

 自分で目の前のコンソールを操作して、KKのシステムが集めてくるデータを整理する。

 周囲で一番でかいのが、例の天体、次が敵母艦、そして例の特大ヤカンだ。

 そいつらにベクトル測定をかける。

 驚いたことに、無人艇の一隻を取り付けたあのヤカンが、相対速度でいうと時速十万キロほどで天体向けてまっしぐらだった。まったく、三号艇の発信機を作動させてよかった。ヤカンときたら、けったいな作りで測定しにくい。

 つまりそういうことだ。

 あの天体にナブロクレの、俺たちにとっての地球に匹敵するくらい大切なナニカがあり、ヤカンが特殊な方法じゃないとぶっ壊れないとしたら、あのヤカンは物騒極まりない存在だ。

 俺にとって地球がどれだけ大切か、は、置いといてだ。人類発祥の星らしいが、ピンとこねえ。

 ぼふん。

 ちょうど光学的にヤカンをとらえたとき、その表面で何かが爆発した。同時に、三号艇からの通信が途絶。

「コースが変わってるわ」

 と、つぐみちゃん。

 スクリーンに拡大投影されたヤカンは、ふらふらと虹色の光を吹き出しながら、穴が開いたゴム風船のように回転しながら不規則な動きをし始めた。

 そして……。

 虹色の光が収まると、どう転んでも天体には突っ込まないような方へとクルクルと回転しながら外れていくのが観測された。。

 だが、何かおかしい。妙な重力波が発生しているのが感知されている。

 ――ごめん、桑さん。

 この思念波は、マキ?

 弱々しく、艦のどかかから声を届けてきた。

 ――あのケトル、中途半端に分解されてるんだ。だから、爆発するかもしれない。いつかはわかんない。

 爆発? 規模にもよるぞ。

 ――惑星が割れるとかそんなレベルにはならないと思うけど、気を付けて。出来れば、逃げて……。

 再びマキの声が途切れた。

  おい、どうした!?

 ちょっと、マジかよ……。

「艦長、医務室からです」

 あせる頭に水をぶっ掛けるように副長が言った。

「艦長だ」

『森田少佐は、こちらの判断で薬を使って眠らせました。これ以上、敏感なテレパス脳に刺激を与えると回復にてこずります』

「わかった。ご苦労」

 まったく、いちいち心配させやがって。

 それはともかく、だ。

 ここにいてはそれなりに危険だ。脱出の用意をしないと。

「機関室、さっさとワープして帰りたいんだが、調子はどうだ」

 画面が開くと、いつの間にか現地に張りついていた椎名機関長が出た。

『無理っす!』

「はあ?」

 どういうことだ。

『撃たれまくりましたからね、ブローしちまってます。本体が連邦製のブラックボックスなもんだから、修理不能ですわ。しんどいけど、通常エンジンで帰りましょうや』

 仕方ないか。通常エンジンでも、数日で帰れる範囲だし、ゆっくり帰るとしとう。まずは、回れ右して少しでもここから離れるとするか。

『てなわけででしてね、判断はお願いしますわ』

「わかった、追って連絡する」

 そして敬礼。お互いに画面を閉じて、自分の仕事に戻る。

 で、機関部以外のダメージを確認。……たしかにひどい。

 ほぼ弾切れ、重力場・電磁場シールド発生装置ともに焼きつく寸前。

 さらにガス欠。

 ……ガス欠?

 どうするんだ、おい。ああそうだ、もう一度機関室を。

「すまん、機関長」

『今度はどうしやした』

 画面の向こうに、あわてて戻った機関長が出た。

「バサード・ラムジェットは使えるか?」

『壊れちゃいませんが、この辺はガスが薄くて、点火できませんわ。どうかしましたかね?』

「ガス欠なんだ」

 ぼそり。俺が口に出した途端、艦橋のあちこちで「なに!」とか「マジかよ」とか、ショウもない怒号が飛び交った。

「ちょっと黙っててくれ。今手を考えるから」

 俺は画面の向こうとこっちに向かって手を振りながら声をかけた。

 かけたものの、どうしたもんか。

 おーい、マキ……いねえし。つか、何とか帰してやらねえとなあ。

 帰してやる、か。それならいくつか手はある。

「おーい、つぐみちゃん。艦載機と艦載艇はどんだけある?」

「半数は無事ですが、ワープエンジンはどれもありません。あれで、この広大なガス雲を通常空間突破でぬけるのは、無理ですよ」

 俺やつぐみちゃんが操縦するフネだけは抜けるだろうが、そうもいかない。一人でも多く助からないと。

 ならば、しゃーない。

「OK、それだけあれば十分だ。副長、総員退艦準備。艦載艇へ分乗して艦を離れる用意を」

「はあ。ここで救援を待ちますか? それなら、KKに乗ったままの方が安全かと思われますが」

「ははっ、救援なんて期待できないさ。こんな重力場の酷いところで通信は届かないし、届いたところで、こっちを見つけられない」

 それに、時間もない。とは言わないでおく。

「そこでだ。まだ無人艇が二隻ばかり残っていて、そのうち一号艇が一番無傷に近い。KKを出た艦載機と艦載艇は、一号艇にアンカーで取り付くこと」

 俺は声に出しながら、ちょいちょいとパネルを操作して、スクリーンに手順を表示した。

「あの無人艇は、ワープしてKKに追随してきたわけだ。つまり、ワープできる。今のところこの空間は安定しているから、あまり出力がでかくない無人艇でも、多少の荷物は担いで飛べるはずだ。燃料は、もう一隻の三号艇と融通し合えば、三光年くらいはいけそうだ」

 弾薬も、かなり使っちまったしな、かなり軽いさ。

「ほら、さっさと用意しないか。わははっ、餓死する前にさっさと帰るぞ!」

 俺は、あえて笑いながら、全艦に命じた。

 一つ、問題があるが、まあ今は伏せておこう。

 一人でも多く、天京に帰らせないとな。

次章 “Dive and Drive”

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