ポケットの中の戦闘-2
ヤカンから移動すること三十分ほどでエアポケットの縁までたどり着いた。
その片隅に、直径二万キロほどの岩石質の天体があった。表面のあちこちに亀裂や溶岩の流れが見て取れる。しょうがない、こんな重力的に不安定なところにあっては。
それなりにサイズがある天体だが、その周りのガス気流に層ができていて発見が遅れてしまった。システムにざっと分析させたところ、むしろこれが原因でガスの流れに渦ができ、エアポケットになってしまっていたらしい。
「あれ、見て」
マキがスクリーンに天体の表面を拡大投影した。
「建物?」
副長が首をかしげて言った。確かに建物だった。ナブロクレが観測施設でも作ったのだろうか。
俺も手元に天体表面を拡大投影してみる。他にも建物は沢山あった。まるで、都市の残骸みたいに。そらまあ、作るそばからぶっ壊れるだろうな、こんな所に作ってたら。
「はぁ、なんだか地球みたい」
マキがため息交じりに言った。
人工物がある、丸い岩石質の天体ではあるな。俺の記憶だと、地球はもう一回り小さいはずだが。
「細かいこといいじゃないか」
そもそも、ここにあるのは『惑星』の定義から外れてるじゃないか。
まずもって、公転対象の恒星がない。
「うっさいなあ」
マキがつぶらな瞳のあいだ、いわゆる眉間にしわを作ってこっちを見た。その直後、
「艦長、エネルギー反応接近!」
突然、スキャナ群を見ていた松田が叫んだ。
「回避!」
と命じるより早く、つぐみちゃんが回避運動をとった。重力制御が一瞬遅れ、艦内一同みなコケる。
とりあえず直撃は避けた。だが、どこから?
「ワープ反応あり。かなりでっかい!」
今度叫んだのはマキだ。このエアポケットを利用して、ワープしてきたというのか。
いや、重力場が安定していなければ、ワープなど無理なはず。
俺はセンサー群のデータを、もう一度分析にかけた。
……なるほど。
この天体にある健在な建物は、どうやら重力場を安定させるためにあるようだ。小規模の艦隊ならワープできる程度の、だ。だからこそ、それなりの規模のエアポケットができていたということだった。
ならばこっちからもワープできるはずだ。
ただし湧いてきた敵がいなければの話。こいつらをなんとかしないと、危険だ。
敵は殺す気満々。でかい図体から艦載機を吐き出しながらゆっくりと迫ってくる。
とはいえ今まで戦ったナブロクレの感じなら、ひっくりかえせなくもないと思う。ま、ある意味こっちは四隻あるわけだしな。
戦闘機でもあればと思うが、ない物はない。ここは、だ……。
「一度、ガス雲に潜り込んでくれ。一度巻いてから、ここでワープしたい」
そうはうまくいくか、と思うが狭い空間で取り囲まれたら厄介だ。それに、ガス雲の中にいたほうが相対的に有利になれる。無人艇のおかげで今度は後方の隙もない、はず。
KKは岩石天体をスルーしつつ急旋回して、ガス雲に逆戻りした。
「マキ、無人艇からの射撃は任せた。俺はKK本体を受け持つ」
「りょ、了解!」
死にたくなけりゃ必死でやれ。俺も必死だ、死にたくねえ!
「ひぃ~、わ~、な~」
マキが叫びながら手をわたわたと振り回す。それでも後ろで無人艇が、追ってきた巨大お椀、もといナブロクレ艦と厄介な仲間たちめがけてドカスカとビームやらミサイルやらを撃ちまくっている。
適当にばらまいていると思いきや、狙いも読みもばっちりだ。だがガスのせいでビームは減衰する、ミサイルの半分は撃ち落とされてしまうでなかなか効果が上がらない。
こっちはこっちで、前に回り込もうとして来る相手に向けて撃ちこむが、艦載機をいくつか撃破したところで急に静かにになった。
唐突に、敵は艦載機を引っ込めてしまったようだ。
できればこの隙に、と俺はKKをエアポケットに戻し、様子を見た。たしかに、敵は動きを止めている。
強敵と見ての撤退か? いや買いかぶりすぎか。
「ボクらを強敵と見てるのは間違いないね」
「思念波捕まえたのか?」
「ちがうよ。常識的にさ。KKだけで何千隻沈めたと思ってるのさ」
「核融合火あぶりでか」
数千隻沈めても相手は万単位だ。数の割に弱すぎな気もするが、そんなこと言ってられねえさ。
だがこのあたりに大事なものがあるなら、敵も同じのはず。
やはり、というべきか。
すぐに新手を出してきた。数は三、だが艦載機としてはかなりでかい。
「ちょっと、光学的にズームさせてくれ。動きが気になる」
松田に命じる。気のせいか、俺には今までと比べてずいぶん動きにキレがあるように見えたのだ。
思惑を巡らすうちに、拡大映像がスクリーンへと映された。ガスがあまり無いおかげで、どこかで見覚えるのある姿が鮮明に見えた。
はて。
思い出した。銀河連邦中枢部で作られてる、訓練用の小型艇だ。直方体にエンジンが付いたような姿で、俺も何度か乗ったことある。機動力がすさまじいが、訓練艇だけにワープエンジンと武器は積めない仕様だ。銀河連邦にしてみれば、長い歴史の中を千年単位で積み上げられたオーバーテクノロジーの塊なわけで、我ら若輩者に対しては制限つきで売りに出してるってことさ。
だが非武装の訓練機でどうする。
「敵戦闘艇急接近!」
松田が叫ぶ。
叫びたくなるような勢いで、小型艇が突っ込んでくるのが俺にも分かった。体当たりする気なら、KKの性能じゃ防ぎきれん。とにかく、テクノロジーレベルが違い過ぎるのだ。
いかん、と思ったが、ありがたい方に予想は外れた。
例の鈍くさいミサイルを、接近しながらばらまいてきたのだ。これならまあ、なんとかなる。あの小ぶりな訓練艇に無理やりミサイルを括り付けてもたかが知れているはずだ。
と、一発ずつ撃ち落としていたが、なかなか尽きない。それどころか、あの図体からは考えられないような弾幕をぶちまけてきた。弾自体が鈍いのでどうにかなるが、このまま続けられたら、物量に押されてこっちが弾切れかエネルギー切れを起こしそうだ。
まったく、これじゃ、弾に取り囲まれてるみたいだ。
「転送機、背負ってるね」
と、マキ。俺もそう思ったところだ。
だとすると、親機、または母艦をやらないときりがないことになる。幸いなことに、母艦は目の前だ。
「でも、気を付けたほうがいいよ。上の艦隊も、それで手を焼いたっぽいから」
そりゃ、焼くだろう。ん、過去形か?
「安心して。KKが沢山巻き込んだおかげで、最後はフルボッコにしてやっつけたみたいだよ」
知らんうちに、あっちのテレパスと話してるっぽいな。だが、
「あー、そりゃよかったな。そーらよっ!」
こっちはこっちと、隙を見て敵の母艦めがけて主砲を撃ちこむ。
狙いは確かだ。当たれば何かの影響があるはず。
やはり、というべきか、そこに割り込まれた。銀河連邦製の頑丈で高能率なシールドを張った敵機に阻まれ、砲撃はバチンと弾かれてしまった。
まあ、防いだ側も無傷じゃなさそうではあるが。
「こんどのナブロクレ、ものすごく必死だよ。今まで以上っていうか、文字通り死んでも構わないと思ってる」
だから、こっちも必死だ。死ぬ気毛頭ないが。
「それでさ、理由はわからないけど、ナブロクレの思考はあっちを見てる」
ひょい、とメインスクリーンの隅っこに、壊れかけの天体が映される。こんな、探しても早々見つからないような小天体に、何の意味があるのだろう。
建物まで作っているしな。
「それより艦長、システムリソースが火の車です!」
ガツン! 打ち損じだ。
声を上げる副長が直撃の振動で揺さぶられる。
何隻もの隊列を組んで迎撃システムを稼働されられればなんということはないが、こっちは単独プラスアルファしかない。それほど、あっちは勢力の割に尋常じゃない弾幕をばらまいてきているのだ。
つまりは、もたない。このままでは、だ。
どうするか。
ガツン、ゴツン。考えるわずかな時間に、数発の直撃弾。敵の「国産」ミサイルがびしょぼくなかったら、今頃星の海の藻屑だ。
「二号艇、限界です!」
椎名が嘆くように言った。見ると、左舷を守っていた二号艇が内部から焼けるように赤く光っていた。もう限界だ、と判断。
俺は爆発の巻き添えを食らう前に、艦長権限で二号艇のコースを変え、KKから遠ざけた。そして間もなく、二号艇は一瞬白く光ったかと思うと爆発して果てた。
「あわわわわ・・・・・」
戦場慣れしてないマキがまた固まってる。同時に、任せていた砲撃の一部が滞った。そこは、副長がすかさず権限を引き抜いて、システム任せの迎撃モードに切り替えている。
当然、リソースがさらに足りなくなり、KKそのものの動きまで鈍くなり始めた。つぐみちゃんが必死に操舵しているが、回避に失敗してるからこそ直撃を食らうわけだ。
しかし、今ので敵の動きが読めた。どれほど動きが鋭くても、当ててしまえばどうってことない。
つまりは……。
「主砲、集中射撃。目標はあの岩石質天体!」
俺の読みでは、割り込んでくるはずだ。つまり、敵の方からあたり当たりに来る。
たとえはずしても、ほぼ無人で直径一万キロオーバーの天体にKKの主砲が数発あたったところで、多少岩が削れるだけだ。ためらわずに撃つべし撃つべし!
「桑さん、それはやめて!」
「ンなもん敵に言え!」
マキの言いたいこともわかる。集中射撃するということは、それ以外はおろそかになりがちだ。がつがつと、撃ちもらした何発もの直撃弾がKKを襲う。
だがそれは、短い間だった。
予想通り、敵の小型艇が急旋回して天体とKKとの間に回りこむ。そして天体の盾として、KKの主砲へ自ら当たりにきた。
おまけに、全部集まってくれたおかげで、死角を衝かれにくくもなった。遠くから母艦も撃ってきてるが、距離のおかげで十分防御できる。結果余裕もできた。
あとは、撃ちまくれだ。撃てば撃っただけ当たる。
それからは、あっけなかった。




