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ポケットの中の戦闘-1

 艦隊を外れて、おおざっぱな二次曲線を描きながら加速降下すること一分ほど。対ガス相対速度にして秒速二千キロに達したところでエンジン出力を落とす。あまり順調に加速してたら故障に見えないからだ。

 数は減ったが相変わらずミサイルが湧いて飛んできている。やはりというか、ナブロクレが攻撃に紛れてばらまいた、新手の転送機からのものだ。KK単騎状態になって迎撃システムの恩恵にはあずかれなくなったが、つぐみちゃんが上手いことかわしてくれている。ひらりひらーり。

 その間に森田電気研究所が無事であれば通るであろう予想進路を解析して、コースを定めていく。加速して、最後はガスの抵抗を利用して減速するつもりだ。

 で、あっという間に数万キロを飛び、広大なガス雲に向かっていく。

 でもって、敵はKKをスルーして艦隊と戦闘に入ってるはずだ。

 ……そのはずだった。

「まいったね。こっちが敵の関心引いちゃってる」

 マキが隣の席でうなじを掻きながら言った。

 そんなことは、と思い手元のスクリーンに敵情の解析画像を呼び出し、唖然とした。

 敵の大半がこっちに向かってるじゃないか。それも、ガス雲の抵抗でどうなるかわからないような猛ダッシュだ。

 この下に、それほど大事に物でもあるっていうのか。

 だがこっちにとっても大事なものがあるんだ。引き返すわけにもいかない。だいたい、向きを変えても敵が七分、黒が三分で敵だらけだ。いっそ振り切ってしまうべくエンジンを吹かし、加速度を五百Gにまで上げた。

 艦内にいると体感では分からないし、分かるようだったら即圧死だが、急激にガス雲が迫ってくるのを目で見ることはできた。

 そして加速が鈍る。明確な境があるわけじゃないが、どうやらガス雲に突入したらしい。メインスクリーンに、船外ガスの成分が主にヘリウムと水素であることが示されてている。

 凄まじい抵抗で船体が焼ける可能性があるにはあるが、今のところ例のロジック変更で流体力学的に受け流している。まあ、心配無用だ。

 

 ブラックホールへ向けて降下を続けること半時間。

 だいぶ濃くなったガスの中、KKは毎秒三千キロ弱、時速にしておよそ一千万キロで移動している。ガスはシールドに当たり圧縮され、衝撃波となってプラズマの尾を引くようになった。無人艇がこのままでは持たないので、KKの影に寄せて追随させている。

 敵は敵で考えなしに突っ込んでくるほどアホではなく、コースを予想して何組かに分かれて向かってきている。このままでは接敵が不可避な状態になってきた。

 最終的には振り切れるかもしれないが、放っておいたらもたないだろう。多少撃ち落としても、あっちは万単位だ。

 どうする。

「ちょっと計算してる、っていうかシステムの空きリソースにやらせてる」

 マキがちらりとこっちを見て言った。影が薄い副長が、なにか手伝わされてる……なんだ、オヤツさがしかよ。

「脳みそに糖分。艦長、つぐみん、今データを回すよ」

 手元スクリーンになにか出てきた。が、さっぱりわからん。つぐみちゃんは席で頷いているが。

「あー、ちょっと待って」

 わからんことに気が付いたのか、マキがこんこんと自分を小突いた。直後、俺の頭がくらっときた。ものすごい量の情報が、脳に直接飛んできたわけだ。

「マキ、非テレパスに直接脳内転送するのは、ほどほどにしてくれ」

 量が多いと、脳ミソがもたん。つくりが違うっての。訓練してなかったら、今頃失神ものだ。

「ごめん、でもそれどころじゃないと思って。内容、すぐ検討してみて」

 瞬間的に詰め込み教育されたみたいで頭が痛い。ああなるほど、もうちょっとでKKがぶちまけてる衝撃波のエネルギーが核融合臨界になるから、火をつけてやれってな。

 これは悪くないな。悪くても目くらましくらいにはなる。どのみち、そろそろ敵の三グループほどの射程内に入りそうだ。なにかやってやるしかないわけだ。

 で、どれだけ効果的に火をつけるか、だ。ふむ……。

「つぐみちゃん、このガスの中で、バレルロールできるか?」

「できるわ。直径と回数を指定して」

 余裕ありそうだな。OK、やってもらおう。

「直径一万キロで三回頼む。終わったところで、無人艇を一隻、バサード・ラムジェットモードにして放出してくれ」

 これを聞いていた副長が「あの艇では、ラムジェットシステムが持ちません」と制止してきた。そんなこと、分かってるさ。

「かまわない。高エネルギー状態で自爆させるんだ。なるべく効果的に行きたい。できるな?」

 俺はつぐみちゃんの方を見て言った。

「お安い御用ね。いつでもどうぞ」

 よし、と。あとは、タイミングが問題だ。

 衝撃波と敵の予想位置をシミュレートして、スクリーンに出す。

 あとは、カンだな。

 さん、にい、いち……。

「ロール開始」

 俺が声をかけると同時か一瞬早めに、つぐみちゃんが「開始」と舵を切った。彼女もテレパス、なんとなくは察しがつくらしい。

 腹を外にしてゆっくりと回り始めたKKは、暗い宇宙に広がるまぶしいプラズマの尾を引きながら、螺旋を描いていく。今一つ実感はわかないが、振り返ると長大な廻る航跡が見えた。

「敵荷電粒子砲、まもなく着弾します。方向に五時半、俯角三十五度」

 読みやすい動きと見たのか、狙い撃ちしてきた。

 二時半、俯角三十五――斜め下ってことか。腹を外にしてるから、そんなものだろう。だが放置だ。

 相手が荷電粒子ってことは、これだけ派手にプラズマぶちまけてたら、威力は相当おちてくるわけさ。周りで火花が散り、直撃弾がゴスゴスと船体を振動させるが、無理に回避コースを取る方が危険だ。このガスじゃ抵抗で失速して追いつかれかねない。

 さらに四方から撃ちまくられてビリビリ響くし揺れもするが、ここは我慢だ。

「くーわーさーん」

「がーまーんー」

 マキが相当ビビってるが、かまわずゆーっくりと惑星サイズのバレルロールを三回。通り過ぎた後ろには螺旋と円錐を組み合わせた、複雑な形の波が形成されていく。

「五番無人艇、リリース。コースは任せる」

 司令部からは大事にしろとか言われてるから、ここは大事に使わせてもらおう。

「了解、リリース」

 一番後ろにしっかりついてきていた五番艇が、鼻先にバサードラムジェットの磁場インテークをプラズマで輝かせながら、斜め後ろに流れて行った。さすがつぐみちゃん、コース取りが最高だ。

 五号艇のプラズマが、KKから離れるにつれて過剰な吸い込みによって強くなり、ロールの一周前でKKかが巻き起こした高圧の衝撃波に接触したとき、完全に暴走した。

 ため込んだエネルギーを燃料に、人口の物としては特大の核融合爆発が起きる。その爆発を火種に、衝撃波に沿って核融合連鎖が起きた。

 すさまじい光の渦が前後に伸び、こちらにも迫ってくる。

「今だ、艦首上げ九十度!」

 以前の動きを思いつつ、俺は命じた。無茶な操舵が気流を乱し、凄まじい抵抗でKKを減速させる。それに合わせて、衝撃波が途切れた。

「よし、直進再加速。なるべく波を立てるな」

「先に指示しておいてよ!」

 つぐみちゃんが相次ぐ命令に文句をいいつつ、思ったようにKKを動かしていく。核融合連鎖の炎は衝撃波が途切れた先には伸びず、KKは自爆という間抜けな事態は免れた。

 一方で、敵方としては核融合反応の壁に阻まれることとなったわけだ。これで足止めにもならなかったら、念仏でも唱えるしかない。

「念仏なら、唱えておいて。敵の戦死者が沢山出てるし」

 きっちり顔色が悪いマキ。彼女がの言いたいことはわからんでもないが、こっちが戦死者の仲間入りしちまったら、念仏唱えることもできないさ。ふと、こいつは虐殺じゃないかと考えたが、それはポイと銀の河に流した。軍人とは悲しいものだな。

「生き残ったらな」

 で、これがまあ、俺の答え。

 口にしながら、センサー群からの情報をチェックしていく。

 酷い電磁場の乱れで詳細はわからない。一応、敵の群れが核融合の壁に阻まれて、見当たらなくなっているのは、まちがいなかった。

 先を急ぐとしよう。


 ヤケ気味の核融合爆発で敵艦隊を追っ払ってから四時間半、一直線に目標に向かってる。

 隣でマキが居眠り中。その隣でつぐみちゃんも居眠り中。

 で、艦長の俺が舵を握ってる。俺も飽きてきた。

 焼き損じた敵がしばらく追いかけてきてたが、既に大半を振り切った。濃いめのガス中ではこっちのが圧倒的に速い。

 ま、もとより通常空間でKKに追いつけるフネなんざそうはないんだが。

 速度は秒速一万二千キロ程度で頭打ちにはなっている。つか、減速しつつある。

 ガスがどんどん濃くなってきていて、危なくてこれ以上出せない。抵抗もあるが、つけたくも無い火がまたついちまいそうだ。ちょっと、受け流しシールドだって限界があるってものだ。

 ああ、ワープしてえ。無理だけど。

 さて、ああさて。目標の座標が近づいてきた。

 そろそろ減速のことを考えないと、止まれなくなる。目標小さいし。

 ガスが濃いとはいえ、あれだけでかい施設が浮いていたらさすがにセンサー群に捕まるはずだ。

「前方にエアポケット。到達まで三十乃至五十分」

 唐突な松田の声。重力場スキャナに何らかの反応か。

 おおかた渦でもあるのだろうか。いやまあ、全体がブラックホールのでかい渦といえばそうだが。

「おまいら起きろ!」

 パンパン。俺は手をたたいて居眠りする二人を起こした。

「もはよー」

「ね、寝てなんかいません!」

 あほども。

「そろそろ減速するぞ。あと、エアポケットが先にあるから、操縦かわってくれ」

 ほい、と吸い上げてた権限をつぐみちゃんに戻す。

 放っておいてもつぐみちゃんは自分でデータをチェックし、予定コースに向かって減速をはじめた。データの方は榎がリアルタイムで整理しており、この先にあるエアポケットのことも考慮できているようだった。

 エアポケットのデータはこちらからも見ているが、結構でかい。大型ガス惑星がいくつもすっぽりとはまるほどだ。いや天文学的には小さいと言えば小さいか。

 そして……。

「はふー」

 メインスクリーンに“高密度な物体を発見。人工物の可能性あり”と出た。

 予想どおりというか、例の施設と思しき物が近づいてきた。ここまでピンポイントにあってくると逆に不気味だ。時々軌道修正してるはずなのだが。

 嫌な予感、いや予想通りなのか。

「接近せよ」

 さらに減速しつつ目標に近づく。

 マキはだまっている。表情も硬いがとくに変わりはない。とっくに腹はくくっているのだろう。

 ほどなく、光学スキャナ、いわゆるカメラに映るようになってきた。ガスでいいかげんウザいくらい揺らいでいるが、明らかに人工物だ。

 だが……。

 側についたところでよくわかった。巨大チョウチンであったはずの研究所の施設は、小さく地味になっちまってた。それにしてはやけに重量感がある。

「コア・ケトルだね」

 マキが指差し、こっちを見た。聞いたことがない言葉だ。

 よく見りゃ、たしかにケトル……ヤカンに見えなくもない姿だ。頑丈そうなでかいタンクに、注ぎ口のようなノズルが付いていて、そこからパイプが伸びている。

 サイズは、KKの何倍もあるな。研究所のメイン施設か。

 それ以外はばらばらとの残骸が周りに漂っているだけだ。でかい「森田電気」のペイント看板も、港湾設備も残ってない。居住区やバランスを取っていた斥重力プロペラも無い。

 つまりどう見ても、大規模な攻撃を受けたようにしか見えないわけだ。まるで細かく砕くのを目的かのように、徹底的に破壊されていた。

 これといって自衛設備など持っていなかったというのに。

 つか、これじゃ元が何だかわからん。実際、例の研究所だったのか?

「間違いなく、森田電気のコア・ケトルだよ」

 マキが肩をすくめる。この状況だというのに、特に動じてはいないようだ。さっきはあれほどビビっていたというのに。

「ビビってないもん」

 はいはい。

「ボクが誰だっと思ってるのさ。森田電気の情報は、一通り頭に入ってるんだ」

 コンコン。マキが自分の頭を小突く。

「テレパス率高いからね、記憶の状態でそのまんま共有してる。だから、この施設の軌道もよくわかってるんだ。ついでに、ほら」

 研究所がこんなになりなっちまってることもか。

「そういうこと。言ったろ、時間も空間も、どうでもよくなることがあるって」

 お別れは、終わってたんだな。

「うん。だから、さっさと調査して帰ろうよ。なあに、コア・ケトルならまた作ればいいのさ。データは森田電気の本社にあるから」

 KKで受け取り、榎がまとめたメディア群のことだろう。

「それだけじゃないけどね」

 そうなのか。ところで――。

「ん? 副長どうした」

「さっきから、森田少佐が艦長を見て喋ってますが、その、艦長は目で合図してるようで」

「ああ、そう見えるか。思念波を使って機密事項をだな」

 話してないが。

 俺は声に出す代わりに手元のコンソールをつついて、コア・ケトルとやらのスキャニングをかけた。

 が、読めん。ガワの形しかわからん。出てくるデータはエラーの山。

「だから、原型とどめてるんだよ。詳しくはボクの口から言えないけど、ミスリルっていう、銀の複素空間同位体がベースになってる」

「さっぱりわからん」

「わかっても困る。それに、ボクなりに任務があるんだ」

「なに?」

 初耳だ。

「知らないだろうね。父さんからの任務だから」

「それで、しつこくついてきたのか」

「しつこくしてないっ! あー、うー。以下機密事項」

 ――ここから、本当に極秘事項。思念波だけで伝えるよ。

 むぐっとマキは口を押え、声なく思念波だけを飛ばしてきた。

 ――あの現物が誰かに回収される前に、安全に使用不能にしてほしいって。一応、司令官クラスは知ってるハナシ。

 なるほど。それゆえに、この裏任務とやらか。俺にも半分秘密で。

 ――そういうこと。解体には、無人艇が一隻あればいい。そのために連れてきたんだけどさ。

 先に言え。場合によっちゃ全部消費しちまうつもりだったんだぞ。

 ――あはは……。えーと、無人艇にはアレをばらす仕掛けがしてあるから、一隻だけあの口の部分にくっつけてほしい。そしたら、自動的に作業が始まるよ。

 わかった。

 俺は艦長権限で三号艇を選んで動かすと、そっとヤカンの口に接触させた。シップのキッス。このくらいの芸当、つぐみちゃんじゃなくてもできるぞ。

 なんて思っていたら

「ぶっ!」

と、思わず噴いた。無人艇からうにゃらとイソギンチャクのような触手が湧いて、コア・ケトルに絡みついたのだ。

 事情も知らぬ他のクルーたちは、俺以上に困惑してる。

「さて、任務完了。さっさとここから逃げ出そう」

 そうだな、物騒極まりない。少しコースを変えていくとしようか。

「ボクの計算だと、五時間くらいしたら軽い爆発を起こすから。なあに、小規模なグラビトンバーストだからそこそこ距離とってあれば安全さ」

 グラビトンバーストって、重力子爆発かよ。こんなでかいけど小さなものでか。なんとも物騒な研究所だったんだな。

「おっと、どれだけ安全なコア・ケトルを作れるかってのが、研究所の、以下機密」

 口が堅いのか軽いのか。マキは自慢しかけて口をつぐんだ。

 まあいいさ。

 さしあたりは、見失わないよう、しばらくは無人艇から信号を出すように仕掛けて、行くとしようか。

 そうだな、例のエアポケットに向かうか。ガス抵抗が少ない方が都合がいい。

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