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闇と雲-3

 第一波のミサイルから三時間半が経った。

 いまだ互いに距離を置いてやりあっている。こっちは浮遊砲台が打ち止めで遠距離での攻撃力が激減、あっちはあっちでミサイルが尽きてきたようで、第一波のような猛烈さは影を潜めている。現状、たまにぱらぱらと飛んでくる程度だ。

 さて、どうする。決め手がない。

 じゃあ接近するか撤退するか。なんて考えていたら、旗艦から厳重に暗号化されたデータが送られてきた。

 添付された俺宛の平文タグに、「裏司令」とだけ書かれている。

 ああそうかい、と、例の手書き指令所をポケットから出す。そこに、暗号の解除キーが、きわめて達筆な文字で書かれていた。これを音読して、音声認識で解除しろというわけだ。

「解除キー『群れをなし相転移するエリンギの思い出』……ぶっ!」

 妙なフレーズに周りの目線が集まる。俺が考えたんじゃない!

 それはおいといて、暗号の展開はすぐに終わった。内容が、手元の画面にだけ表示される。

 ……なるほどな。

 敵が陣を敷いているところの下、つまりブラックホール本体よりに、何らかの重要なものがあるらしいということだ。

「そうさ。その近くを森田電気の研究所が通過することになってたんだ」

 いきなり読んでた。

「マキ、重要事項だ」

「ボクは最初から知ってた。アレの軌道はよく知ってるんだよ。そうじゃなきゃ、自力で父さんに会いに行くこともできなかったんだからさ」

 目は真剣、だが寂しげ……当たり前か。

 だがなるほど、ここへきて本来の目的に立ち戻ったわけか。研究所で何かが起き、避難者がいたとしてもKK一隻あれば十分救出できるからな。

「だとして、ここからどの位の距離だか分かるか」

 訊くと、マキは「ちょっと待って」と、天井を見上げつつうなじのケーブルを数度撫で、再びこっちを見た。

「○・五天文単位。かなり近いね。この前は、ガス雲からでるのに二日もかかかったのに。雲も研究所も動いてるからなあ」

 天文学的速度なんてそんなもんだろ。この隙間も、できて間もないのかもしれない。その隙間に大艦隊を配置するナブロクレ、殴り込みをかける俺たちもまあ、たいしたもんだ。

 さておき、○・五天文単位となると、KKなら上手くすれば数時間で到達できる距離だ。ガス内突破用にシールドのロジックを改良してあるから、現実的な数字だろう。

 敵の隙を突き、そこへ向かえというのが事実上の命令となる。広大なガスだらけの空間で何か探せと言っても、目標はそれくらいしかない。施設が無事ならば、だが。

「ふぅ」

 唐突な榎の声。メインスクリーンを見上げると、旗艦サーバーから新たな作戦がダウンロードされつつあった。

 なんと全軍前進だ。

 艦載機を出して一気に蹂躙すると。圧倒的に敵のほうが多いというのに。

 まさか、KKを生かすために?

「そうだよ」

「何故わかるんだ」

「旗艦のテレパスからメッセージさ」

 そのために、テレパスを配置させたのか。

「そういうこと。機密保持、妨害対策にはうってつけだよ。多少時差はできるけど、電磁波や、パケット式の超高速通信より安心さ」

「ちょっと待て。マキの思考を別のテレパスが見てたらどうするんだ」

「無理だから」

「無理って、あの距離でナブロクレの思考を読んでたろ」

 十七光秒、五百万キロくらいだな。

「距離じゃないし。それに、こっちのを読んでる人がいたら気が付くし、偽情報も流せるんだよ。わかんないだろーけどさ」

 ああ、分からんよ。さっぱりわからん。だが、顔に免じて信用はするぞ、美ちび。

「あ、ありがとう」

 どういたしまして、だ。なにを赤くなってる。

 そろそろ、艦隊が動き出したぞ。目標はわかったが、どうしてくれよう。

「解除キー『肉屋のタバスコは鰹節がお好き』、っと」

「マキ、何だいきなり」

「ボクが考えたんじゃないっ!」

 などと言ってる間に、さっきの暗号文がもう一段展開されていった。

 さらに詳細な指示が、艦内限定閲覧にて公開されていく。

「なるほどな。艦載機発進用意、収容先は見ての通りだ。わるいが、つぐみちゃんだけは艦橋に上がってきてくれ。飛行隊の指揮は副隊長に任せる」

 とりあえずこんなところだ。

 つぐみちゃんが、あーだこーだと抗議をしてくるが、これは命令である。俺より上からの、だ。

 さて、っと。

 俺のほうも用意しなきゃな。

 まずは、新しい方のシールドロジック起動。艦内エンジニアが作ったバッチファイルを叩き、ロジックを書き換える。待つこと十秒、さらにサービス部分再起動にてもう七秒。短いブザーとともに、翼の形をしたフィールドが展開された。もちろん、肉眼じゃ見えない。

 ついで、斥重力プロペラを展開。後ろで大輪の花が咲くようにペラが開いていく。

 見渡すと、周りの艦艇も展開をしていた。全軍突撃態勢だ。今頃、コースや速度の指示が旗艦から送られていることだろう。

 しかし、他に無いのかね、適任は。

 ……無いか。ここ最近で、単独で研究所から無事に帰ってきた上に直接戦闘を経験したのは、KKだけだ。致し方ないか。

『全軍前進』

 短いブザーとともに、メインスクリーンへ赤い文字がでかでかと表示された。司令官の顔アップにして、生中継「全軍突撃!」とかやれっての。気合も何も入らねえだろ。

 と、思いつつも俺はコンソールで手を走らせ、所定の操作を済ませていく。

 発進、加速率は大型艦に合わせて二百五十G。重力制御が効いてる艦内にいるとわからないが、止まってるところから一秒で、秒速二キロ半近くまで加速するといえばわかりやすいか。十秒あれば秒速二十五キロ(当たり前だ)と、軽く地球の脱出速度の倍以上まで加速するわけだ。KKだけなら五百越えも軽いが、あくまで団体行動だ。振り返ると、アヒルの子みたいに五隻の無人艇が自動追尾してきている。

 で、このままずんずん加速して、後で止まることを考えても、敵艦隊まで一時間とかからない。艦隊はこの加速度のまま、いったん上の電磁層へ張り付くようにスライドし、緩やかな弧を描きながら敵艦隊へと迫るコースを取っている。

 KKは途中から艦隊と分離、急降下をして敵艦隊真下に潜る予定だ。このあたりの重力加速度は二G弱。ブラックホールの重力が自力脱出ができなくなる五百Gを超える空域には、何十時間も落下し続けないとたどり着かない。ということで、まずは安心して全速降下が可能だ。

 しかし、何気にでかいブラックホールだな。

「ちょっと艦長。こんな時になんで飛行隊長がブリッジに?」

 しばらくして、つぐみちゃんがずかずかとブリッジに上がってきた。まずは挨拶くらいしろ。

 気がついたのか、「失敬」と敬礼してきた。

「ご苦労さん。たしか、大気圏内飛行の訓練を受けたことあるよな」

「はい。有翼機一級飛行士の資格を取りました」

「これからKKはガス雲の中を強行突破するので、操縦を受け持ってくれ」

「は? 通常の操舵システムではだめなのですか」

「ただ飛ぶだけならいいのだが、戦闘となると、野生のカンみたいのが必要なんだ。頼むよ」

「ぶっつけでですか。知りませんよ、どうなっても。一応、障害物回避システムだけは切らないでね」

 つぐみちゃんは、文句を言いつつも、空いていた操舵席に着いた。大き目のシートから操縦に必要なパネルやペダル、レバーなどが自動的に生えてきてつぐみちゃんを取り囲む。

「ふん、いつこっちに権限移してもいいわよ」

 つぐみちゃんがでかいバイザーにシートから伸びたケーブルを挿す。手足だけでなく、マインドブースター、即ち思念波も使って操舵するわけだ。操舵権限を渡せば、いつでも飛ばせる。

 と思ってみていたら、つぐみちゃんとマキが目配せとジェスチュアでひょこひょことなにやら遣り合っていた。なんか、マキが妙にムキになってるようだが。

「そこの二人、目立つ内緒話はやめんか」

「女同士の会話です、ほうって置いてください艦長」

「そうだぞ、桑さん」

 かわされた、ミサイルみたいに、かわされた。字余り。

「まもなく、敵ビーム系兵器の有効射程に入ります」

 かつっと割って入るように松田の声が響く。同時に、ブリッジの警報が鳴り始めた。

 予測していた敵艦隊からのエネルギー反応があり、それにあわせたかのように、ばらばらの方向からのの実態反応が多数、レーダーに映った。ワープエンジン搭載ミサイルかと思ったが、それにしては小さすぎだ。

 おそらく、さっきのどさくさに紛れて、そこかしこにステルス性の高い転送機でも仕掛けておいたのだろう。いきなり来るので厄介だ。

「艦長!」

 思惑を巡らせていたら、つぐみちゃんの声が飛んできた。

「おうっ、清水中尉に操舵権限を移す。回避自由」

 俺は短く命じつつ、パネルをつついて権限を渡した。

 つぐみちゃんが「了解」とコンソールに手を掛け、艦の動きに戦闘機のようなキレが加わる。ついでに、KKからワンテンポ送れて追随していた無人戦闘艇が、型枠にはめられたかのようにがっちりとしたV字編隊へと変貌した。

 四方八方から来るミサイルを、武道の達人のような無駄の無い動きで紙一重でよけていく。どんな機械も、こんなときの人間の「読み」には追いついていない。

 一方で、瞬間的な迎撃は艦隊連動のシステムが強さを発揮し、同士討ちをしない範囲で撃ちまくれるだけ撃ちまくっていた。

 それでも、今度ばかりは不意打ちの要素が強く、被害が出始めていた。何隻もの艦が、真っ白な閃光とともに操舵システムやエンジンをやられて脱落していく。KKだって危ねえから、まずは転送機を仕舞ってハッチをしっかりと閉じた。

 そろそろだな。偽警報「操舵システムに異常発生」を出しつつ命じる。

「つぐ……清水中尉。作戦第二段階。待機中の戦闘機は全機発進、艦は百八十度ロールの後、二次曲線軌道を描きつつガス運へと突入する。目標座標は艦内サーバー参照」

 短く「了解」と返答があり、視界がくるりと反転した。逆さのまま、艦載機を緊急発進もーどでばらばらと吐き出す。

 目標は森田電気重力研究所。

 無事を祈りつつ、見方まで騙してガスの雲海へと飛び込む。

 大丈夫。たった一隻の死んだ振りした艦なんて、見向きもされないはずさ。

次章 ポケット


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