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パラドックス-1

 俺は、地球同盟宇宙軍の中佐にして艦長。

 二十二歳にして、特務巡洋艦「鬼怒九号」、通称KKの指揮を任されてしまった。

 小型巡洋艦並の攻撃力と防御力、軽空母なみの艦載機運用能力、そして地球同盟最速のアシ。

 と、いえば素晴らしいが、巡洋艦と空母を無理やりくっつけたニコイチだ。トータルの質量の割に、空母部分のエンジンがやたら高出力というだけの話。

 そりゃあ、この銀河にはKKより速いフネはいくらでもあるし、そもそもエンジン自体が銀河連邦製のブラックボックス化された既製品だ。使い方と、銀河を支配する「銀河連邦」のどこかで作られたってこと以外、さっぱりわからない。

 つまるところ、今の人類にはこの広い星の海を行き交うだけのエンジンは作れないのだ。

「お客さんです」

 野太い、副長の声。彼は御年三十二歳にして少佐。ベテランだろうが階級が下だろうが、お互い知ったことがないというスタンスだ。それより、その髭だ。そのごわごわ感が見ていてむさい。

 ここ艦橋からの景色、その右半分は瞬きもしない星空で、反対側は首都星「天京」静止軌道に浮かぶステーションの壁だ。ここからは見えないが、惑星「天京」は人類が宇宙進出を初めて最初に作った植民性で、かき集めればどうにか生きてられる程度の酸素や窒素、それに水などが元からある。当時の人類には、よその星を探す余力もなかったらしく、ここを植民星として無理やりベースを作り、住みついちまったってわけだ。

 そのベースは今やすさまじい増改築を繰り返し、億に達しようとする人間たちを収めている。とはいえ、惑星表面積の1パーセントくらいしかないわけで、そこに食料やエネルギープラントも追加されてるから、人口密度はえらいことになってる。

「お客さんが来ました」

その間を遮るステーションから伸びた廊下を伝って、お客さんが来た。

 今回のお仕事では、このお客さんとナブロクレの武装商船に行くことになる。

 この銀河で地球同盟が支配する宙域、そいつに隣接するあたりを、ちょっとした範囲にわたって支配している知的生命体が、このナブロクレ。

まあ、いわゆる古参の「宇宙人」だ。

 こっちの感覚からすると、よく言えばクール、悪く言えば冷血だ。頭もいいし、論理的思考形態も持っているのだが、いかんせん感情が見えてこない連中で、やりにくい。情に訴える交渉や、心理的だまし討ちなんてのは、何の役にも立たない相手だ。

「こんにちは」

 おや。やけに若い女の声がする。振り向くと、ブリッジの入り口に少女が立っていた。幼さが残るやや色黒の顔に、真っ直ぐな黒髪。

それはともかく、まぎれもない美少女だ。

 なんともだぶだぶな軍服に、高めの階級章が光っている。

「やあ、私が……」

「桑原宗助艦長ですね、そちらは松田副長。ボク……自分は、今回の補佐役を受けた森田マキです。軍内では少佐待遇ですが、しばらくの間よろしくお願いします」

 俺が何も言わないうちに、一気に言われてしまった。それもかなり落ち着いた声で。

 どっちが年長者かわかりゃしないよ。

「お互い、一般的に若すぎるという年齢ですが。面倒な任務を背負ってることもお互い様です。どうぞよしなに」

「そうだな、っておい」

「プロフィールは送ってあるはずですが」

 プロフィール? そうだ、テレパスだった。

 いまどき、どこを基準にとるかによるが、人間の五から八パーセントはテレパスだ。そんなには珍しいもんじゃない。だが、マキちゃんは……。

「今回、参謀本部付エース級のテレパスとしてよばれました」

「だからってなあ、あまり人の脳内を読まないでくれないか」

 さすがエース級。何歩も離れているのに、お見通しだ。だが、お行儀はよくないぞ。

「プロフィールを覚えていただけです。テレパスの件も、挨拶として用意していたものですがなにか?」

 俺の思い過ごしだったか。

「失礼。目的の場所まで二時間ほどだが、下のフロアにある控室を使ってくれたまえ」

 というわけだ、マキちゃん。

「……ちゃん付けはご勘弁を」

 ――鼻の下伸びきってるし。

 最後に、思念波を使って音のない言葉が飛んできた。

 つーか、きっちり読まれてるじゃねえか。


 それからだいたい二時間後。

 窓に星空が戻る。

 さっきまで星が見えなかったのは、時空反転式複素空間航行、俗にいうワープを使ってるからだ。そいつで、ランデブー予定のナストロメ星域へついた。ナストロメといっても、ナブロクレの言葉を強引にカタカナにしたものだから、このまま言っても連中には通じまい。

 ほどなくして、指定周波数の電波ビーコンの信号を拾った。それを目印にKKの舵をとると、十五分ほどで蓋をしたお椀のような人工物が肉眼で見えるようになってきた。

 こいつが、ナブロクレがステーション仕様にしている大型のフネだ。

近づくとかなりでかい。軽く測定すると、直径がざっと二キロはあり、もっこりと山のようだ。

二キロといったらKKこと、この「鬼怒九号」の五倍。細長いフネ型のこっちとちがって丸いから、なおでかい。ああ、しつこいくらいにでかいですとも。

俺はそのデカブツにKKを横付けして、銀河連邦標準型アダプタを付けたタラップを伸ばした。

「わかってないようだから言っておきますが」

 マキは、そのタラップを歩きながら言った。アシスタント風の装飾が少ない服に着替え、俺の後からついてきてる。

俺はというと、艦長自らボディガード兼ご案内、さらに荷物持ちだ。今回の仕事は、台車で運ぶほど多くてマキには荷が重い。

ついででもって、交渉役。大型艦の艦長は、この広い宇宙では全権大使並の権限があったりするわけで。俺みたいな若造でいいかってのは、知らん。俺が決めた法律じゃない。

「わかってないというと?」

「ボク……もといわたしは、他人の思考を読もうとしてるわけではないのです」

 ――また説明するの、めんどいんだけど。

 言葉と同時に、音のない声が脳に直接飛んできた。

「聞こえたでしょ?」

 テレパシー、いわゆる思念波による会話というか通信だ。

「そんな感じ。知りたくなくても聞こえてくるんだ。その辺歩いてて、周りの話声が聞こえるのとおんなし、です」

 急に言葉遣いが変わった。無礼ではあるが、こっちが素なんだろうけど、大人である俺はこの程度の生意気は許してやることにした。

「へえ。初耳だ」

「そりゃそうさ……です。テレパスは人間百人いれば何人かはいるけど、ボ……わたしみたいに相手に触らずに、それも何メートルも離れて……」

「わかったわかった。だから、呼ばれたんだろ。この仕事に」

「そうだよ。学校行きたかったのに」

 見るからに不機嫌そうだ。ついでに、素にもどってる。

 なんだよ。本部も、大人のテレパスを読んで来ればよかったのに。

「だーかーらー、エース級はほとんどいないのっ!」

 半ばへそを曲げつつも、マキは胸を張って見せた。あんましないけど。

「これから成長するから!」

 あ、そ。そういや何歳だっけ。

 ――じゅうよん。

 うわ、思念波にて即答。

まったくもって、やりにくい。


 ナブロクレのフネときたら、基本のつくりはみないっしょだ。

 お椀の蓋の天辺にあるつまみの部分に、司令室やら客人を通す部屋などがある。タラップを出るなり丸っこいロボットが現れ、俺たちはその一部屋に案内された。

 だだっ広く殺風景な部屋の片隅に、背もたれのない椅子がいくつかと、小ぶりな物置小屋のようなものが並べられている。

「こんつぬわ」

 ナブロクレがふたり現れ、少々無理をしてこちらの言葉で挨拶してきた。ポケットの翻訳機が、少し困っている。

「こんにちは」

 俺たちも声をかけ、椅子に腰かけた。さあ、仕事だ。マキも、よろしく。

 ――オッケー。

 また音のない声が脳内に。俺も実はテレパス側で読み、答えるという訓練は積んでいる。それが出来なきゃ大型艦の艦長になれてないのさ。

 そうそう、この椅子に背もたれがないのは、主に先方の都合だ。

こっちと違って、彼らには足が三本ある。前二本、後ろ一本。椅子は、前足でまたぐか馬が腹の下に敷くように使うわけだ。背もたれは、もちろん邪魔。

上半身はこっちとあまり変わらなく、腕が二本に指六本、てっぺんに毛のない頭に口が一つと目、鼻の孔、耳が各二つ。ただし、上から順に鼻、目、口の順。服装一式はその姿に合わせてある。

 周りに数人のスタッフもいるが、正直どれが親分で子分だかさっぱりわからない。

「では、さっそく」

 ナブロクレの片割れが言った。実際に聞くのは、翻訳機の音声だ。

俺はすぐに「そちらのサンプルから、お願いします」と、デモンストレーションをお願いした。台車の荷物、はこっちのサンプルだが後回しでいい。

 そして、実機デモはすぐに始まった。

 ――真面目に実演する気だね。騙す気はなさそうだ。

 了解、と脳内で返事をする。アシスタントのように見せて、実は相手の実情をチェックするのが、マキの役割だ。

「では、これから」

ナブロクレの手で、ハンマーのような道具が右のミニ小屋に入れられ、ガラスのように透明な戸が閉められた。同時に、左の小屋の戸も閉められ、外側にあるレバーが押し下げられた。

すぐに「フォン!」と空気をかき乱すような音が下かと思うと、ハンマーが左の小屋に移動していた。

「転送実験、成功です。これは、最大で三百天文単位程度の距離で使えます」

 ナブロクレの片割れが言い、ハンマーをこちらに手渡してきた。持ってみると、ごく普通の金属製ハンマーだ。

 ――彼ら、この機械に相当な自信を持ってるよ。三百天文単位も、誇大情報じゃなくて、定格値みたいだね。ああ、でも、ここにいるのは作り手じゃないみたいだ。専門的なことは、よくわかってないよ。

 わかった、いい情報だ。と、また脳内返事。

 ちらりとマキのほうを見ると、こちらは見ずにただうなずいた。

 ――もう、ばれちゃうぞ。

 すまん、すまん。騙す気なのは、こっちのほうだわな。


 それから次々と、大きい物小さい物、複雑な形状な物、有機物といろいろテストして、最後にナブロクレの一人が自分で中に入った。

「では、ここでわが身を持って安全を示してみます」

 外にいた別のナブロクレがレバーに手をかけた。

「うわ」

 マキが思わず声をあげたが、何かと思ってる間に「フォン!」という動作音が響いた。

「ほら、安全」

 と、左の小屋からナブロクレが出てくる。とくに怪我や欠損などは見当たらなく、服装も右に入ったものと同じ状態だ。転送成功、安全性に問題はないといったところだ。

 だが、隣に座るマキの様子がどうもおかしい。見るからに、困惑している。

「じゃあ、ここらで少し休憩を」

 俺はマキのことも考え、ナブロクレたちに声をかけてしばしの休憩をとることにした。


 用意された別室で、俺たちは休憩をとることになった。

部屋では、マキが背もたれのない椅子を並べて片方に俺に座らせると、自分はもう一つに座って寄りかかってきた。

「くたびれたか」

「ずっと、異質な思考みてたからね。だからごめんなさい、ちょっと休ませて」

 マキは子供っぽい言葉で言った。可愛らしいもんだな。

「何種類か持ってきたが、なにがいい?」

 俺は手荷物から、簡易パックの飲み物を何種類か出して見せた。

「ありがと、桑さん。リンゴジュースたのむよ」

 俺は「ほらよ」とリンゴジュースを手渡し、自分はカフェオレを手にした。

「果物が好きなのか」

 緊張をほぐそうと、話題をそらしてみる。

「ボク……でいいや。ボクはテレパスだぞ、魂胆見え見えだ。フルーツは好きだけどさ」

 と、マキはジュースを口にし、少し表情を和らげた。

「リンゴなら、かじったほうがいいけどさ。本命はイチゴをまるごと」

「イチゴかよ」

「そうそう、イチゴ食べたいなあ」

 じわり。突然、イチゴを食べたような感触が口の中に広がった。

「うーん、再現度はいまいち。あんな高級品、めったに食べれないし」

こらおどろいた。テレパスって、食感や味まで送れたのか。言葉はよく脳内転送してくるけど。

――五感全部送れるけど?

また読まれた。ついでにこたえられた。

ってぇことはだ……。

どかっ!

「んがっ!」

 いきなり、わき腹に肘鉄を食らった。こいつはかなりクル。

「男ってのは、いつも」

 まずい、マキの顔が真っ赤だ。

「いやぁ、本能ってやつで」

 いやまあ、同僚の「モテる」テレパス男と遊びに行って、そいつがおねーちゃんとイイことしてるところを、こっちに転送してもらおうと思っただけだ。文句あっか、コノヤロー。

「変態!」

 サーセンっ!

「はあ。ところであのナブロクレって宇宙人、魂がやたら薄いんだけど、どう思う?」

 マキはがさごそと、二本目のジュースを勝手に取り出しながら言った。

「ちょっと待て。テレパスって、霊魂が見えるのかよ」

「霊魂? 幽霊が見えるっていうとおかしいけど、元の体とか親しい人のあたりにしばらく『いる』よ。月の女神は四十九日まで見えたらしいけど、ボクはせいぜい一週間かな。見た感じだんだん薄くなっていっちゃうから」

「まるで、ナブロクレが全員ゾンビみたいじゃないか」

「あははっ。このお椀船の乗員がみんな似たようなもんだし、きっと元からそういう生き物なんだよ。ボクが地球系の生き物に慣れちゃってるだけさ」

 ま、そんなところだろうな。宇宙は広い。

 あのナブロクレだって、人間によく似た生物のうちに入るんだ。

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