第八話 豊子という女 2
「わあ、白玉冷たい!美味しい!」
「お口に合って、よかったわ。」
「早苗さんって、本当に料理がお上手よね。藤村先生が羨ましいなぁ。」
早苗は最低限の愛想笑いを浮かべて、ちゃぶ台で向かい合わせに座っている豊子の相手をしていた。
髪はショートカット。顔には太い眉、マスカラにつけまつげ、濃い口紅。香水の匂い。アイシャドウの塗り方は油彩画のようだった。
白い半袖の開襟シャツに、ふっくらとした山吹色のスカート姿。
すべてにおいて、早苗と正反対の女。
まったく分かり合えるとも思えない女。
そんな女でも、稔の大事な友人の親しい女だと分かっているから、邪険にも出来ない。
早苗が豊子の相手をしなければならないのは、今、稔とその友人である稲川清次が縁側で話をしているからに他ならない。そうでもなければ、こんな女と冷えた白玉など食べていない。
早苗は荒っぽい気持ちで豊子と向き合って、座っていた。
桜の木から聞こえる蝉の鳴き声の方が、どれほど心地よいか。
「早苗さんはお料理って、誰かから習ったんですか?」
「早苗さん、今度一緒に映画に、行きませんか?」
「早苗さん、アタシの髪型どうですか?映画を観た後、思い切ってやってみたの!」
どうでもいい。
団扇を自分に向けて動かす。
早苗は最低限の受け答えで、豊子に答えている。それなのに、答えが返ってくるだけで、豊子は嬉しそうにまた話を続ける。
一体いつまでこれが続くのかと、早苗はうんざりしながらちゃぶ台の前に座っていた。
間が悪い時は、本当に嫌な客が続く。
麦茶のお代わりを用意していると、塀の向こうから車が停まる音がした。
早苗は眉間に皺を寄せて、下がり眉で深い八の字を描いた。
色づいた唇を尖らせる。
しばらくして、白い日傘に空いた手にはハンドバッグ、眩い空色の薄手のワンピースを着た珠代が、玄関から顔を覗かせた。
土間に立つ早苗の顔が暗く見え難いのか、しばらく無言で見つめ合う。日光を背中に背負う珠代が先に話した。
「あら、座敷童かと思えば、早苗さんでしたのね。」
ふふふと優雅に笑う。
その様に早苗は苛立ちを覚える。
「お年寄りに夏の陽射しは、酷でございましょう。干からびる前に、麦茶でもどうぞ。」
早苗は、切れ長の目を細めて、笑顔で答えた。




