第七話 豊子という女 1
じりじりと炙られている。
梅雨明けの土用干しをされる梅干したちが、炙られている。
居間から見える庭先に置かれた平らな笊の上、力無く梅が乗っている。
朝の涼しいうちに、早苗はせっせと並べて、空の雲を眺めた。
早苗の読み通り、曇ることなく梅が日に照らされ続けている。
早苗の作る梅干しは、稔の大好物だ。
久間木の離れに住み始めてからは、大家である久間木の庭から採れる梅が貰えるので、早苗は毎年稔のために、はりきって漬けている。
それに早苗は、なんとはなしに塩梅が上手い。だいたいの分量を手先の感覚でやるのだが、その加減が絶妙で、稔好みの味に仕上がる。
梅干しの他にも、味噌汁や煮付けなど、なんとなくの按配で稔の好みの味付けになる。
久間木の家で宴会を開くからと、手伝いに呼ばれて行った時も、だいたいの作り方を教えて貰って作るだけなのだが、それが美味い。料理の采配を振るう人からも褒められるのだから、料理上手なのだろう。
しかし、早苗は稔の為だけに作ることが出来ればいい。
稔が「美味い」と言わなければ、早苗の料理に価値は無い。
その稔の大好物が梅干し。
慎重に天気を見る。
干している間は出かけない。
ぱらっとでも、雨が降ればすぐに軒下へ。
早苗は色味の薄い麻の着物で、襷掛けをして流しの前に立った。
井戸水を何度も掛けて、白玉を冷やす。
暑さで稔の食が落ちないように、御三時を用意している。
早苗の夜会巻の髪の根本が、汗でじんわりと濡れている。指先は冷たい。
これなら、稔に出せる。
早苗は、同じく井戸水で冷やしていた麦茶を用意し、袖を直すと、奥の部屋で絵を描いている稔の元へ運んだ。
素足が畳の上を進む。
今日も暑い。
「稔さん、どうぞ。」
絵を描く稔の真剣な横顔をしばらく眺めてから、早苗が声を掛ける。
「あ、ああ。もうそんな時間か。ありがとう。早苗。」
顔を上げた稔が微笑む。
日がな一日、絵を描いている稔は、体を使うその辺りの男たちと比べ、歳の割に細身だ。
召集される前から細身ではあったが、年を経た分、薄い胸板の肌が目を惹く。
早苗は切れ長の目を細めて、サイドテールに置いた白玉をひとつ、手に取ると、
「稔さん、はい。」
そのまま稔の口へ運んだ。
冷たい白玉は、稔の唇に触れたかと思うと、そのまま早苗の指と共に口の中へ入った。
稔が指を咥えたまま、早苗を見て悪戯をするように目を笑ませた。
早苗の口元が綻ぶ。
その時、玄関先から女の声が響いた。
「藤村せんせーい、ごめんくださぁい。」
障子の陰で見えていなかったのか、客が来ていた。
早苗は溜め息をひとつ出すと、稔の舌を指先で軽く摘んで、
「夜に、続きをしましょうか…」
残念そうに稔の口元から、指を抜いた。




