第七十八話 草木萌え動く頃 7
珠代の娘の年齢を数えで七歳、息子を数えで五歳に変更しました。
学童疎開に該当しない年齢に変更しました。
確認不足で申し訳ありません。
早苗は突然の珠代の告白を聞き、衝撃に心がついていかなかった。
珠代が亡くなったと思っていた実の娘と幸せになる。これからは、戸籍は別のままでも、母娘として暮らしていける。
それは望外の喜びだろう。
そう分かっている。
それなのに。
早苗は、これで珠代が本当に自分から離れていってしまうのだと、痛感した。
行かないで欲しい。
また不規則な訪いをして欲しい。
考えるよりも先に転がり出た欲望。
それでも早苗の中で経験の無い欲望は、言葉にする事が出来なかった。
なんと言えばいいのか。
行かないでと、口にすることは正しいのか。
偽の娘の役を含んだ関係であると思えた時は良かった。
これなら珠代は離れていかないと思えたからだ。
早苗の母としてではなく、珠代の娘としてなら、決して捨てられる事は無いと思えた。
けれど、結局、早苗は早苗なのだ。
代われない。
早苗は実の母親に捨てられた娘だ。
珠代の実の娘のかなえには、太刀打ち出来ない。
早苗は一瞬で強い執着の欲望が、痛みを伴う過去の傷で揉み消されたのを感じた。
ひどく胸が苦しい。
その苦しみを覆い隠すために、早苗は珠代が喜んでいる事柄に想いを馳せて、言葉を選び出した。
ーーー行かないで欲しい。
それは口にされずに、消える言葉だ。
「娘さん、かなえさんは、珠代さんだと分かっているの?」
早苗はゆっくりと珠代と会話になる言葉を選ぶ。
「ええ。数えで七歳の子どもでしたもの。あの日の出来事も、覚えていて。
可哀想なことをしたと思ってますわ。
けれど、引き取ったおじいちゃんおばあちゃんが、本当によくしてくれて…。
泣きながら夢から覚めるたびに、慰めてくれたそうよ。煙で喉を痛めたのもあって、何も話せなかったのに。」
早苗はじくりと胸が痛んだ。
これは嫉妬だ。
珠代に愛され、見知らぬ老夫婦にも孫の代わりとして赤子のような状態から愛されたかなえへの。
同じ子ども同士の、醜い嫉妬だ。
そして、それはいつも一方通行だ。
だから、早苗はせめてもの自尊心だけで、その嫉妬心を出さないと昔から決めていた。
「それじゃあ、さぞ嬉しかったでしょうね。」
早苗は真実そう思うというように、珠代の目を見て言った。
珠代は早苗の本心に気がつく事もなく、嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、最初は呆然としていて。
だんだん分かってきてからは、泣き通しで。
互いにもう亡くなっていたと、思っていましたから。」
目元を弛ませながら、微笑む珠代の目にはじんわりと涙の膜があった。
それに倣うように、早苗も目元を弛ませると、
「本当に良かったですね。
かなえさんと、仲良く暮らして下さいね。」
珠代の手を取り、優しく握った。
もう触れる事も無いのだと、心に刻みながら。
「落花流水」のスピンオフ兼「2021夏のホラー」参加作品として、短編を投稿しました。
『かくれんぼは、お盆まで』
https://book1.adouzi.eu.org/n5240hd/
珠代のその後が作中に登場します。
よろしければお読みください。ʕ•ᴥ•ʔ




