第六話 珠代という女 4
久間木たちが帰った後、早苗が襖のすぐ横で耳を欹てながら襦袢を縫っていた。
すると急に衣ずれの音がし、それに続いて縁側の方の障子の戸が開く音がした。
「雨戸も閉めていませんから濡れますよ。」
「構いませんわ。雨に打たれる葉桜もいいものですわ。」
奥の部屋の正面に見える桜の木が珠代のお気に入りらしい。
桜の下には紫陽花が咲き誇っているが、珠代は移り気な花には興味が無い。
「久間木さんから、亡きお父様が先に亡くなられたお母様のために植えられた桜だと聞いてから、特別に思えまして。亡き妻を偲ぶ夫の気持ちが桜には有るのですわ。」
ふふふと笑う声がした。
早苗は苛立ちで、力を込めて手に持っている縫い針を針山に何度も刺した。
「それほど思われるのなら、亡くなった方も女冥利に尽きるのではありませんかしら。」
それは稔を遺して早苗が死んでも桜の木を植えるから安心しろ、と言っているのかと、早苗は珠代に対しての苛立ちが強まった。
針山に縫い針を刺す。
襖が開く頃には、雨は小降りになっていた。
お茶を飲むか、珠代に聞くと車が迎えに来る時間までそれほど間が無いとのことで、断られた。
苛立ちの募った早苗は、
「粗茶ですから。お口に合いませんものね。」
と言うと、珠代は綺麗に塗られたままの口紅に右手指をそっとあてて、
「そうねぇ。今年は水も飲みたくないわね。」
と答えた。
早苗のこめかみが痙攣に耐えた。
この夜、布団の上で稔が耐えた。




