第六十七話 若紫の訪れ 2
早苗は稔が居ない時に、描かれた絵を見るようになっている。
以前は、稔が描いている時だけ、そばで見ていた。
それが近ごろは、稔の目を盗むように見ては、何も触っても見てもいないかのように、黙っていた。
そして、今日もまた、稔が風呂を借りに行っている間、絵を見ている。
油彩で描かれたそれらは、今までの稔の絵と一線を画していた。
稔は頼まれた絵を描く時に、女たちの顔の角度を色々と見る。
決して誇張することなく、目の前にいる女がどこから見ると一番美しく見えるのかを探し続ける。
何度か素描をして、その素描を見せることで、相手の女たちも納得していた。
だが、今回は違う。
女たちに頼まれて、女たちが満足する絵を描いていた時と、違う。
稔が、描きたいと思う少女たちの姿がそこには描かれていた。
僅かに誇張と脚色のされた姿は、今の娘たちとかけ離れることなく、男に向けた夢を含んでいた。
ほんの少し桃色を足した頬の色。
僅かに開いたように見える唇。
数本の後れ毛。
そして柔らかい瞳。
これは、何だ?
早苗は再び肺の奥が焼けるような苦しさを感じた。
稔の油彩画は、薄く塗り重ねていく。
書き終わると表面は平らで、ぼこぼことした絵具が残る事はない。
絵の具代を切り詰めながら描いていたせいもあるが、単純に稔の気質がそうさせているように思えた。
元来が優しい稔。
絵具を叩きつけるように描く事もなく、出来上がった絵の表面ですら、穏やかに優しく仕上がっている。
そんな稔だからこそ早苗は心惹かれたのだが、だからこそ、早苗を傷つける事は言えずに溜め込んでいるのではないだろうか?
本当は、三十路の早苗よりも、溢れるほどの若さと可憐さを兼ね備えた娘たちの方に、心を傾けているのではないだろうか?
早苗は稔をいつも以上に注意深く見るようになった。
しかし、いつもと変わらない稔の姿しかなかった。
モデルたちとも淡々とやり取りをし、平日は夕方までひとりで絵を描いている。
時々、出版社の人間が来て、出来上がった絵を見ては、保管のために持ち帰る。
そして言う。
「冨田さんたちにも評判良いですよ。姪っ子さんがちょっと大人になってて。化粧をして綺麗になるとこんな感じなのかなぁって。」
稔の絵は、決して嘘を描いていない。
ただ、ほんの少し綺麗になるだけ。
そして、ほんの少し、
「なんだか恋人にして下さいって、絵の中から言われているみたいで、ドキッとするんですよね。」
対象を持った色気を含んでいる。




