第六十話 稔という男 2
暴力の描写があります。閲覧注意。
早苗と所帯を持った時、稔は二十二歳となっていた。そこから一年近く。稔は早苗に守られ続けていた。
勤め先に来る女たちに、その女たちの取り巻き。
そのすべてから。
やっかみと他愛のない悪戯心で、所帯を持ってもなお、稔の周囲は騒がしかった。
そこに妻の早苗が騒ぎの種をひとつひとつ潰してまわっていた。稔は結婚をしていること、自分がその妻であること。同じようなことを繰り返し繰り返し、早苗は相手に説明をして、引き取ってもらっていたらしい。
実際にどうなのかは稔は見ていないので分からないが、早苗が何度か出張っている内にだんだんと稔の周りが静かになっていった。
その僅かな穏やかさの中で、稔は早苗に感謝を抱き、稔を取り巻いていた女たちは復讐の準備をしていた。
稔はいつも周りの女たちから言われ続けていた。
「藤村さんはダメな人。」
「ワタシがついていてあげる。」
「そばにいてあげないと。あなたはひとりでは生きていけないのよ。」
すべては稔を手に入れたいと願う女たちの呪詛だ。
そう頭では分かっていても、お前はダメだと言われ続けた稔は、ずっと自分に自信が持てなかった。
そして、その女たちに袖にされた男たちは、稔を執拗にいたぶった。
奉公先で物が無くなる。
身に覚えのないことで、叱責を受ける。
殴られたことがわからないように、腹を何度も殴打される。
言葉でも、暴力でも、稔はいつも身に覚えのないまま、その身に受け続けなければなかった。
自分の何がいけないのか。
顔を女たちが触りたがるのは分かっていたが、それほどの器量だとは稔には思えなかった。
上背のあることがいいのかと思ったが、猫背でいても状況は変わらなかった。
何も自分には出来ない。
ただそれだけを確かなものだと理解して、稔は生き続けた。
そして、兵隊になれば、国の盾となる立派な人間になれるのではないかと、無垢な少年のように思っていた。
だが、それも叶わなかった。
徴兵検査の前日、稔は男たちに囲まれ、腕の骨を折られた。
どの女か分からないが、稔が兵隊になって何処かへ行ってしまうことを嫌がったのが原因らしい。
勤め先からのお使いで、普段通らない路地に入った時に、何かがおかしいと感じた。
ただそれが分かる前に、男たちが迅速に稔の腕を折っていった。
一瞬だった。




