第五話 珠代という女 3
「それじゃ、かつ子。お茶もご馳走になったし、そろそろ帰ろうか。」
珠代の持ってきた他の菓子を久間木とかつ子にお茶と共に出していた早苗は、先ほどから閉めきった襖の向こう側が気になって仕方がなかった。
久間木たちが帰ると言った声が聞こえれば、珠代が出て来るかと思ったが、襖は閉まったままだった。
何をしているのか。
玄関先まで送りますと、早苗が立ち上がり、土間で下駄を履いてもまだ出てこない。
かつ子は早苗に「ごちそうさまでした。」と頭を下げて、久間木より先に玄関へと出た。
すると、奥の部屋の襖ではなく、庭に面した方にある障子の戸が開き、縁側から珠代が姿を見せた。
着衣に乱れはないようだ。
土間から見た早苗が安堵していると、庭先へ身を乗り出して、珠代が少し大きな声で、かつ子に声を掛けた。
「あまり、雨に濡れてはいけませんわ。…体が冷えますからね。」
最初は勢いよく、後は言い訳じみた口調だった。
先に庭へ出ていたかつ子が、くるくると傘を回して答える。
「雨の中、遊ばせると洗濯で怒られますからね。ちゃんと家で遊ばせますよ。」
玄関の軒下から庭へ出た久間木が、孫のかつ子に代わって、のんびりと答えた。
珠代はそれに安心したのか、軽く手を振ると、また部屋へと戻った。
変な人だと思う。
早苗には珠代の言動ひとつひとつが、理解出来ない。
珠代は久間木の紹介で、稔が肖像画を描いているが、他の女たちのように稔へ粉をかけようとする様子がない。
そのくせ、襖は締め切ったままで、中からはずっと会話が聞こえてくる。何を話しているのかは分からない。稔に聞いても誤魔化される。
そのくせ早苗には、煽る様な真似ばかりをしてくる。
ある日は、パーマをあてた髪を耳かくしでまとめた髪型にし、着物姿で来ると、早苗の真っ直ぐなままの髪を遠回しに揶揄する。
かと思えば、別の日には、今日のようなすっきりとしたYラインのスーツ姿で来ては、香水も着けない早苗を勝手に哀れむ。
お下がりで良ければと、早苗が欲しいとも言っていない香水の瓶を渡して帰ろうとする。
早苗はその瓶を叩き割ってやりたい思いに駆られながら、やんわりと、だが、はっきりと断った。
とにかく、早苗の神経を逆撫ですることばかりをしてくる女が、珠代だ。
苗字は何だと聞けば、「じゃあ、藤村さんのお宅なので。藤代で。」と人を食ったように答える。久間木に聞いても、「珠代さんがそういうなら、藤代なんでしょうね」と笑って終いだった。




