第五十八話 宴の後
珠代が迎えに来た車で帰り、豊子が昼食後に帰ると、早苗は力が抜けたように、炬燵で横になった。
稔が帰る前に、食器を洗って、部屋を掃除して、夕飯の仕込みをしなければ。
そう思いながら、体に力が入らなかった。
この脱力感は何なのだろう。
かつ子を探して、冬の街を歩き回った疲れが出たのだろうか。
その上、滅多にない泊まり客があって、変に疲れてしまったのだろうか。
そうか。そうだ。
疲れただけだ。それだけのことだ。
早苗は身を横たえたまま、ぼんやりと考えていた。
珠代はもう来ない。
ふざけた人だが、自分で決めたことは完遂する人だと思う。
豊子も、稲川の嫁になって遠くへ行ってしまう。
それを早苗は望んでいたはずなのに、何故達成感も喜びもないのだろう。
早苗は障子越しの白さを浴びながら、ただ外の音を聞いていた。雀の鳴き声と、時々通る車の音。
子どもの声が聞こえないのは、かつ子が外へ遊びに出ていないからだろうか。
軒の下で揺れる干し柿の影を見て、豊子に渡すのを忘れていたなと思った。
今度、来た時に渡そう。
また、来るのだろうか。
珠代と同じで、もう来ないかもしれない。
早苗は障子越しの光に目を細めたふりをして、そっと目蓋をおろした。
稔が帰宅したのは、日が暮れてからだった。
早苗は家の灯りを点け、味噌汁と煮物の匂いをさせながら、稔を迎えた。
「早苗、ただいま。」
ほっとしたような顔で稔は迎えに出た早苗を抱きしめた。
早苗は稔の背中に手を添えると、
「おかえりなさい。」
稔の胸元に顔をうずめて、そう言った。
稔の画集で使うモデルは決まらなかったようだ。
年明けにまた打ち合わせをするが早目に決めてもらわないと、別の画家にすると言われたらしい。
早苗にはよく分からないが、稔にも絵描きとしてのこだわりがあるようだ。
早苗は稔の画家としての感覚も愛していたので、
「わたしのことは、気にしないで。稔さんの画集が素晴らしい出来上がりになるように願っているわ。」
稔の負担にならないように、答えた。
その翌日。
久間木が珠代から預かったと言って、藍染の反物の入った包みをふたつ持ってきた。
ひとつは早苗用に。
もうひとつは、稔の分として。
まるで、嫁いだ娘に贈るように。




