第五十五話 冬越しの桜 1
普段よりも遅めの朝食を済ませて、食器も片付け終わった頃。
「お、おはようございます!」
昨日の渦中の人である、かつ子が玄関に立っていた。
早苗が玄関の戸を開けると、セーターに綿入り半纏を着た、真っ赤な顔のかつ子が立っていた。
「あら、かつ子ちゃん。おはようございます。」
早苗が笑いかけながら、腰を屈めると、
「あの、きのうは、ごめいわくをおかけしました。」
寿栄子から教えられたのか、口上をかつ子が述べた。
早苗は口元を隠しながら、ふふふと笑った。
「まあ、大変立派なご挨拶ありがとうございます。かつ子ちゃんがおうちに帰ったことが一番ですよ。」
「うん、ごめんなさい。」
「紙芝居屋さんを追いかけて行ったの?」
「うん、あの紙芝居屋さんは時々お菓子をタダでくれることがあるって聞いたから。」
「前から知っていたの?」
「ううん。男の人がそう言ってたのを聞いたの。それで追いかけちゃった。」
「まあ、それはよくないことよ。ひとりで知らない人について行っちゃうのは。だめよ。もう勝手について行かないようにね。」
「お母さんにもお父さんにもおじいちゃんにも言われた。」
「ほらね。」
さんざん絞られた後なのか、口を面白くなさそうに尖らせたかつ子は、渋々といったように、
「はあい。」
と、返事をした。
早苗が炬燵に戻ると、かつ子がお詫びの口上を述べに来たことを豊子と珠世にも伝えた。
「それで、映画は楽しかったのかって聞いたら、急に元気になってたわ。よほど面白かったのね。」
早苗が何気なく言うと、珠代が沈んだ顔で「そうね」と相槌を打つと、湯を沸かすと言って部屋から出て行った。
早苗は火鉢にかかった薬缶を見たが、まだぬるいのかと思った。
豊子は二日酔いにもならずに、澄ました顔で、
「空襲も何も知らないかつ子ちゃんたちには、珠代さんの気持ちは分からないでしょうね。」
と言って、澄まし顔でお茶を啜っていた。
しばらく経つと、珠代は紅茶を淹れて運んできた。
「湯呑みでも味は変わりませんものね。」
そう言って、朝食を終えたばかりだというのに、また昨日の菓子を出し始めた。
早苗が眉間に皺を寄せて睨むと、珠代は笑みを浮かべて言った。
「母親は無闇矢鱈に食べ物を食べさせたいものなのですわ。さあ、早苗さんも豊子さんも、召し上がれ。」




