第五十二話 女たちの酒宴 6
豊子は湯呑みを手にして、早苗に近づいて行った。
「早苗さん!珠代さん眠っちゃいました!
一緒に呑みましょう!」
早苗は焦点の合わない目で、豊子を見た。
そして、手元にある酒瓶を見て、目を大きくした。
「豊子さん!また新しい瓶を開けたの?!」
「まだあと一本あるから、大丈夫ですよ。」
「いえ、もう、飲むの止めましょう。
このまま酔い潰れて介抱するのなんて、嫌ですから。」
「えー、ひどーい。介抱してくれないんですか?」
「何で介抱しなくちゃいけないんですか。」
「早苗さんのイケズ。」
豊子は口を尖らせると、湯呑みをまた口にした。
早苗はため息をつくと、おざなりな口調で会話を始めた。
「珠代さんと何を話してたの?」
「怪獣映画が戦争みたいだって話ですかね。あとは、えーと、かつ子ちゃんたちは戦争知らないとか。」
「十年前に生まれていたって、誰も覚えて無いわよ。」
「そうですよね。赤ん坊の頃なんて覚えてませんもんね。」
「…豊子さん、酔ってるのね?」
「酔ってませんよ、まだまだ。」
こくりと喉を酒が通る。
「早苗さんは、水を飲むのが怖くないですか?」
「水がなかったら、干からびて死んでしまうじゃない。」
何を言っているのかと、言わんばかりの口調で早苗は言った。
豊子は、
「そうですよね。水は飲みますよね。」
と、答えてまた、湯呑みに酒を注いだ。
「怪獣がいたって、ピカドンが起きたって、それでも生きてるし、生きるためには水も飲むし、ご飯も食べますよね。」
早苗はじっと豊子を見つめた。
そして言った。
「だめよ、豊子さん。
嘘よ。
酔ってるわ。
いつもと様子が違うもの。」
豊子は瞼をぱちぱちと動かした。
「早苗さん。」
何かを言おうとして、言葉を止める。
早苗はそれを見て、確信したようにもう一度言った。
「やっぱり、酔ってるわ。
いつもと違うもの。」
早苗は自分の湯呑みの中にある白湯を飲み干すと、半分ほど酒を手酌で注いだ。
そして、一気に飲み込む。
「早苗さん、呑めるんじゃないですか。」
「呑めないわよ。」
顔を赤くした早苗が、目を据わらせて豊子を見た。
「口の中が熱くて仕方ないわ。本当にお酒は呑めない。下戸なの。でも、すぐに眠気に襲われるから、もう寝るわ。
豊子さんも、寝なさいよ。
わたしは、介抱出来ませんからね。」
一息に言うと、早苗はぱたりと布団に横たわり、眠ってしまった。
豊子は呆気にとられて、しばらく動けないままに、手元の湯呑みにある酒をこくこくと呑んだ。
そして、空になったのを潮に、早苗の首元まで布団を掛けると、立ち上がり、電灯を消した。
そして、少し立ったまま、ぼうっとしていた。
火鉢の温もりと人の居る部屋は、暗い中でも暖かいと、豊子は思った。




