第五十一話 女たちの酒宴 5
「これを開けても、まだ残り一本ありますよ!」
豊子は振り返ると大きな声で、寝転ぶ珠代に言った。
「あら、もうそんなに呑まれてたの?豊子さん、お強いわね。」
「えへへ。兄や姉よりは弱いんですけどね。」
豊子はまた自分の布団に戻ると、正座をして呑み始めた。
「鯨が飲むようね。」
豊子は一度動きを止めたが、再びこくこくと呑む。
「豊子さんは、水を飲むのが怖くなったりしなかった?」
「いえ?何でですか?」
「怪獣が水爆実験で眠りを覚まされて、東京を襲ったのは映画の話ですけれど。
怪獣は出なかったけれど、雨から放射能が出たわ。
魚を食べるのも怖くなって、水も怖くなって。
それなのに、野菜はよく洗って食べろだなんて。」
珠代は片肘を突いたまま、酒を煽ると、起き上がって豊子の前にコップを出した。
豊子は黙って珠代に酒を注ぐ。
一センチほどの余地を残して、酒瓶をコップから離す。
珠代はそれを一気に呑んだ。
また、コップを豊子に出す。
豊子は半分だけ、注いだ。
珠代はコップを両手で持って、話し出した。
「怪獣映画だなんて。あれは戦争の記憶よ。
空襲をもう一度見せられた気分よ。
水爆だなんて。ピカドンも戦争未亡人も、みんな抱えたまま口に出来ないことばかりよ。
どう話していいのか分からないことばかりよ。
その上、水爆もまだ続くの?
かつ子ちゃんみたいに、空襲の後に生まれた子どもたちは、絵空事のことでしょうよ。
そうよ、それでいいのよ。」
珠代は一度顔を俯かせると、大きく息を吐いた。
「何を、言っているのかしらね。私は。
ごめんなさい、豊子さん。
もう、寝るわね。」
珠代は無理に微笑み、残っていた酒を全て飲み干すと、豊子にコップを渡して布団に潜ってしまった。
豊子は枕元にコップを置くと、その屈んだままの体勢で、珠代の頭に向かって言った。
「兄も姉も、ピカドンで亡くなりました。
だから、怖くて当たり前だと思います。」
珠代の頭が動きそうになったのを見て、豊子は、
「おやすみなさい。珠代さん。」
と、言って珠代の肩を布団越しにぽんぽんと叩いて、離れた。




