第五十話 女たちの酒宴 4
早苗は二人に付き合って白湯を飲みながら、考えた。
早苗と一緒に眠れない稔は、どれほどの酒を今夜は飲むのだろうか。
稔は、早苗が居ないと寝つきが悪い。
復員後、ずっと一緒だった早苗が、病院に入院した時。
日に日に稔は顔色が悪くなった。
聞けば、寝付きが悪く、明け方まで眠れないと稔は言う。
早苗は心底心配して、病院に泊まるかと聞いたが、同じベッドには寝られないからと、稔は断った。
そこで稔は酔っ払って眠ることにした。
しかし、元々酒量が多い稔。
一升瓶が一度に三本以上は消える。
藤村家の経済にも、稔の体にも悪い。
早苗は医者に頼み込み、安静にしていることを条件に退院を早めた。
実際、退院後の早苗を稔は事細かに看た。
便所に立つ時ですら、抱えて連れて行こうとしたくらいだ。
歩かせることすらさせようとしない。
流石に早苗も病院以上に動かなくなることは、良しとしなかった。
少しは歩かせてくれと説得するのに半日は掛かった。
そして、夜になると早苗を抱きかかえて眠る。
夜中に早苗が目を覚ますと、稔は赤子のように早苗に縋り付いて眠っていた。
早苗から離れると、呼吸が止まってしまうかのように。
早苗はそんな稔の頬を撫でては、息をしていることを確かめて、眠りにつくのが常だった。
そんな稔が今夜眠れるまでに、どれだけの酒を呑んでいるのか。
早苗は明日稔が帰って来てからの、世話焼きの段取りを考え始めていた。
沈思黙考を続ける早苗に構わず、珠代と豊子は映画の話を続ける。
「珠代さんは観てきたんですか?」
「ええ、ちょっと気になって。」
「怪獣とか好きなんですか?それとも怖いのが?」
「怖いのも怪獣も好きじゃ無いわ。ただ、水爆が気になって。」
珠代は布団に片肘を突き、頭を支えている姿勢のまま、器用にコップから酒を呑んだ。
目が眠気を孕む。
「占領が終わって、初めてピカドンを受けた方々の写真を見たわ。豊子さんもあの雑誌はご覧になって?
私、空襲の大変さは知っていたけれど、広島や長崎の方々の大変さを全く知らなかったわ。」
「それは、珠代さんだけじゃないですよ。」
豊子は空になった一升瓶を持つと、横になったままの珠代の体を跨いで縁側へ立った。
障子一枚を隔てて、寒さが素足の指から侵攻してくる。
空の瓶を置く。
新しい瓶を手に持つ。
酒で火照った指先の熱が奪われていく。
「珠代さんは知ろうとしたんだ。やっぱり、アタシは弱いな。」
豊子は誰にも聞こえないように、呟いた。




