第四十九話 女たちの酒宴 3
「かつ子ちゃん、映画がそんなに面白かったのなら、また行けばいいのに。」
「あら。久間木さんは、怖がっていたって、おっしゃってましたよ。」
「えー、怖くても面白くなかったら最後まで観ませんよ。」
「それはそうですけれどもねぇ。」
「早苗さんは観ましたか?怪獣映画!」
「観てません。」
早苗はぴしゃりと答えた。
稔とふたりきりが一番いい。
何故、わざわざ人の居る所へ、金を払って行かなければならない。
「豊子さんは稲川さんと行けばいいじゃないですか。」
「え、いや、そんな」
「あらあら、豊子さん。お酒の酔いが回ったのかしら?」
「違います!アタシはまだ大丈夫です!」
酔っ払いはみんな同じことを言う。
早苗は稲川が酒に潰れた時を思い出した。
そして、気付く。
「…豊子さん。
もしかして、今年の初めの頃。
稲川さんと一緒に稔さんがお店に行きませんでしたか?」
「あ、そうです!稲川さんがよくお店に来るようになった頃で。
その頃に。はい。」
「その時も、豊子さんは、お酒を呑みましたか?」
「はい。呑み比べをしましたよ。」
豊子がこくこくと湯呑みから酒を呑む。
早苗は額に手をあてた。
「…飲み比べって。」
「あら、早苗さん、どうなさったの?」
「いえ、珍しくキャバレーに連れて行かれたと言っていたことがあって。
泥酔して帰ってきていたので、本当にキャバレーなのかと思ったのを思い出したんです。」
稔は酒が強い。
日本酒の一升瓶で二本なら、翌日まで残らない。
だから、付き合いで呑みに出掛けても、酔っ払いの限度が保たれている。
しかし、年に一度か二度ほど、泥酔することもある。
それは出版社の付き合いだったり、戦地で世話になった画家と再会した時など、限度なく酒を注いでくる相手が金を払うという珍しい場合に限る。
稲川と呑みに出掛ける時は、折半で飲む。
それに、早苗もよく一緒について行く。
稲川と出掛けても酔い潰れることはなかった。
だが、その時は稲川と店に一軒行っただけなのに、酔い潰れて帰ってきた。
当時、不思議に思ったのだ。
その理由が、今、分かった。
豊子のキャバレーでの接客方法は、酒だ。
呑むことで、客を楽しませる。
つまり。
「稔さんは、豊子さんと呑み比べをして、腰が抜けるほど呑んだのね。」
「はい。アタシも限界を久々に感じた相手だったので、ちゃんと覚えています。」
豊子がこくこくと酒を呑む姿を見て、早苗はようやく理解をした。
そして、稔が豊子に早苗の素描をあげた理由も。
「稔さんが負けるほどの酒呑みだなんて…」
お猪口三杯も呑むことが出来ない早苗にとっては、理解の範疇を越えていた。




