第四話 珠代という女 2
すらりとした足首の見えるスカート姿の女が、飛び石の上を歩いて来る。
久間木はその女が玄関先の軒下近くまで来ると、声を掛けた。
「珠代さん、いらっしゃい。今日はこちらに御用ですか。」
女は傘を真っ直ぐに右手に持ったまま、姿勢良く立ち止まり、答えた。左腕には上質そうな革の鞄を提げている。
「ええ、藤村先生に肖像画を描いていただいてるの。」
空と傘から落ちて来る雨粒越しでも、ゆったりと微笑む女の優雅さは早苗にも分かった。四十の坂をとうに越えたように見えないのも忌々しい。いちいち、癪に触る。
早苗はつとめて、ゆっくりと話す。
「珠代様、まだ少しお時間が早すぎるのではないでしょうか?」
もちろん、微笑みも忘れずに添える。
珠代は早苗にしっかりと視線を合わせたまま、格の違いを見せつけるように、大輪の花が咲くかの如く、悠然と微笑んだ。
僅かな目尻の小皺ですらも、引き立て役にさせる。
「ごきげんよう。早苗さん。」
そのまま、早苗から久間木へと視線を戻すと、すっと軒先へ入り、傘を閉じた。その傘を早苗へ渡すと、鞄からそれほど大きくない缶入りのクッキーを取り出し、
「こちら、かつ子ちゃんに、差し上げますわ。」
久間木へ渡した。
「おや、これは舶来ものですね。」
「ええ、少し、食べきれないものですから。」
「ほら、かつ子、お礼をいいなさい。」
久間木に缶入りクッキーを見せられたかつ子は、首まで真っ赤にさせながら、蚊の鳴くような声で、
「ありがとう…ございます。」
と言った。
そのかつ子の様子を慈しむように、珠代は見つめていた。
早苗へ向けた笑みと違って、それは本心からの笑みに見えた。
早苗は手渡された珠代の雨傘を、倒れたら泥にまみれそうな場所に立て掛けると、中へどうぞと声を掛けた。




