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第四十七話 女たちの酒宴 1

 早苗が家に戻ると、豊子は布団に正座をしたまま、こくこくと酒を呑んでいた。


 枕元にある一升瓶は、少し減っている。


(さかな)も無しに、呑んでいるのね。」


 早苗がぽつりと言うと、豊子はにこにこしながら、


「食べない方がお腹に入りやすいですよ。」


と答えた。


 稔も呑む時はひとりで一升瓶を空けることもあるので、酒呑みの理屈はピンとこないと理解していた。


 適当な相槌を返していると、珠代が風呂から戻る。


 頭からタオルを被っているので、顔は見えない。


 早苗は入れ替わりに風呂へと向かった。








 早苗は湯船に浸かりながら、珠代の背中を流したことを思い返していた。




 早苗の母は、三歳になる前の弟を連れて家を出て行った。


 学校から帰ったら、母がいなくなっていた。早苗を捨て置いて、出て行ったのだ。


 物心がついた年頃だったので、ひどく傷付いた。


 その傷を埋めるように、いなくなった母の真似事を続けた。

 料理の煮炊きに、繕い物。母がお針子をしていたので、早苗もお針子になることにした。


 服は母と同じ着物姿。


 その様子を見て、近所の女の人たちは早苗を事あるごとに褒めていた。


 居なくなった母が、その分悪様に言われ続けた。


 早苗は褒められる時だけ愛想良く応対し、母の話が出たらすぐに逃げるように立ち去っていた。


 それが更に、早苗と居なくなった母の対比を際立たせた。


 母の不在を埋めようとした早苗の目論見は、予想外の所で評価を貰い始めた。


 着物姿で家の事をすると、褒められる日々。


 だんだんと、その状況に早苗が喜びを覚え始めた頃、父親が再婚をした。


 家を出た母は、早苗の知らない内に、知らない男と結婚をして、弟もその男の養子になっていた。


 母は不貞を働いて、相手の男の子どもを産んでいたのだと、誰もが言っていた。


 事実は分からない。


 ただ、弟は選ばれて、早苗は選ばれなかった。それだけは、事実だった。





 早苗は義母とうまくいかなかった。


 何をするにも合わない。


 まだ学校に通っている早苗の方が、煮炊きも裁縫も上手かった。


 それも含めて、色々と合わなかった。




 義母が来て、ひと月も経たなかった頃。


 早苗は夜中に目を覚ました。


 障子越しに月明かり。


 残暑の夜で、雨戸を閉めていない。


 襖越しに隣の部屋から、何か話す声が聞こえる。


 少し歪んだ建具の隙間から、襖の向こうが見えた。


 早苗はじっと覗いていた。


 隣の部屋も障子越しの月明かりでぼんやりと人の肌が浮いて見えた。


 よく見ると、父親が義母に顔を近づけている。


 何をしているのか、早苗には分からなかった。


 分からないままに、ずっと見ていると父親が布団に仰向けになった。


 そして、義母が振り返り、建具の隙間から覗く早苗の目と、視線を合わせた。


 早苗はわずかに襖に額を()つけ、音を立てた。


 しかし、義母は視線を動かさないまま、にいっと笑うと、そのまま父親に覆い被さった。


 義母が父親の名を呼び、行為をひとつひとつ口に出した。


 早苗は息を止めるようにして、それをずっと見ていた。




 その翌朝から、早苗に対しての義母の態度が変わった。


 早苗のやることに口を出さなくなった。


 その代わり、やらなくていいこと、早苗がやるべきことをはっきりと言うようになった。


 早苗は頷いて従った。


 そして、夜の覗きは、その後は出来なくなった。


 義母が襖の修繕を父親に頼み、建具職人が来て、すぐに新しいものに変えていった。


 耳をそばだてても、聞き取れるほどの声は聞こえなかった。


 それから一年後には弟が生まれ、早苗は夜の覗きをすっかりと忘れていた。





 思い出したのは、稔と所帯を持ってからだった。


 その時になって、早苗は義母の心持ちを僅かに、分かったような気持ちになった。


 女として、早苗の父親を取ったことを娘の早苗に示したかったのだろう。


 その考えは理解できないが、おそらくそうなのだろうと早苗は思っていた。


 確かめることなく、義母も父親も弟も焼けてしまった。



 早苗は両手で湯を掬い、顔にあてた。


「母親の背中を流すって、あんな感じなのかしら。」


 ぽつりと顔から落ちる雫と共に、早苗が呟いた。









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― 新着の感想 ―
[一言] >女として、早苗の父親を取ったことを娘の早苗に示したかったのだろう。 これぞ純文学( ˘ω˘ )
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