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第三十三話 雪の終わり 2

 御三時(おやつ)の時間だと、珠代が手荷物の中から幾種類もの菓子箱を出してきた。


 泊まりの荷物の大半は、碌でもないものだろうと早苗は思っていたが、その通りのようだ。


 炬燵布団の上に、広げられる菓子箱。


 それを囲む三人の女たち。


 冬の陽射しが障子越しに湯呑みの湯気を照らす。


「今度、藤村先生が美人画を本を出版されるって、本当だったんですね。お店の子達も、モデルになれるのかなぁって騒いでましたよ。」


「あら、耳が早いのね。でも、同じような人達は描かないのじゃないかしら。」


「それでも描いて貰えたらなぁって思うじゃないですか。」


「そうねぇ。どうなの?早苗さん。」


「わたしからは、何とも。今日もその打ち合わせと、モデルの方々を選ぶために行きましたから。」


 早苗は仏頂面のまま、珠代の持ってきた焼菓子を口に運んだ。


 すっかり勝手知ったる手つきで、豊子が番茶を淹れている。


 少し編み目が歪んだセーターを着ている。


 その上には早苗が貸した半纏。


 ズボン姿で足を崩して炬燵に入っている。


 その豊子とは対照的に、編み目の揃った高級そうなショールを羽織った珠代。


 いつもより気取っていない丈の長いワンピースで、炬燵に入っている。


 すっかり、珠代が湯を沸かし、豊子が珠代の手ほどきで茶を淹れることが、当たり前になっている。


 それを眺めて、早苗は炬燵に座ったまま動かない。


 稔が居ないのだ。する必要がない。


「あら、早苗さんはモデルの中には入っていないのかしら。」


「え、早苗さん、本にならないんですか。」


 何故か豊子が残念そうだ。


「わたしを描いた絵は、もう充分ありますから。必要になれば、描いてある絵の中から選ぶそうですけど。」


 早苗は、もう一つ、焼菓子を口に運んだ。


 さくさくと香ばしい。


 バターの香りが鼻を抜ける。


 珠代の持ってくる菓子は、存外安くない。


「手が空けば、わたしを描きますから、在庫はたんとありますよ。」


 少し投げやりな口調。


 それを聞いた珠代が眉を上げる。


「あら、早苗さんを描いた絵は、ほとんど売らないじゃないですか。」


「ですから、だめなのです。


 画集にして、それを売り出してから、絵の値段をつけるのだそうです。

 売る気も無い絵を画集に載せる必要もありませんので。」


「え、早苗さんの絵を以前いただきましたよ。」


「あれは鉛筆で描いた素描で、軽い練習の絵ですから。額に入れるような絵は、ほとんど売りません。」


 稔は早苗の絵を売ることは好まない。しかし、早苗を人に見て貰いたい欲もあるので、印刷にしたり、素描を人にあげたりすることは、(たま)にある。


 だが、売り物にはしない。


 それが裏目に出たのが、今回の外泊だ。








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― 新着の感想 ―
[一言] >稔は早苗の絵を売ることは好まない。しかし、早苗を人に見て貰いたい欲もあるので、印刷にしたり、素描を人にあげたりすることは、偶にある。 稔の人となりがよく表れてますね( ˘ω˘ )
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