第三十一話 炬燵
そろそろ霜も降りようかという時節。
火鉢では足りない。
炬燵を出した。
四本足のちゃぶ台を、四角い炬燵やぐらに変える。
それだけで、早苗はもう冬なのだな、と思った。
繕いを終えていた炬燵布団を稔と一緒に掛ける。
「やっぱり、久間木さんのお言葉に甘えれば良かったかな。」
稔がぽつりと溢す。
早苗はお湯を沸かすついでに、行火に入れる炭を七輪に足す。
「去年も寒さが堪える頃に言ってたわよ。」
「そうなんだが。つい、まだいいかな、と思ってしまってなぁ。やっぱり、雨戸の手前に、ガラス戸を入れて貰えば良かったなぁ。」
「空襲で戸が壊れてそのままだっておっしゃってたけど、本当かしら。気を遣ってるのかもしれないわ。」
「雨戸とは別に溝があるから、本当だと思うよ。木枠まで壊れたとは、ここも大変だったんだろうね。」
稔は空襲を知らない。
早苗が戦地を知らないように。
その互いの知らないことの記憶を埋めようとしたことはない。
知りたくないのではなく、相手に話をすることが出来ない。まだ、言葉にするには、時間が経っていないと思っている。
もしかすると、死ぬまで話すことはないのかもしれない。
それでいいと、早苗は思っている。
皆、同じものを見てきた。
それを知っているのだから、今更言葉にする必要もない。
稔と稲川の間でも、同じことだろう。
忘れてはいないが、口には出来ない。
そんなことだらけだ。
早苗はふう、と、火に向けて息を吹きかけた。
「溝があるなら、戸を作ればいいだけだから、それぐらい稼げるようになったら、戸を入れようか。」
「それだと今度は久間木さんが気を遣ってしまうわ。」
稔はきょとんとして、笑った。
「確かに。そうだな。早苗の言う通りだ。早苗は賢いな。」
「それなら、折半には出来ないか、聞いてみたらどうかしら。」
「うん、そうだな。今度はそうしよう。」
つらつらと他愛のない会話が進む。
行火に入れる炭が充分に熾った。
湯も沸いた。
早苗と稔は仲良く隣り合って炬燵に入る。
「火を入れたばかりの炬燵は冷たいな。」
「そうかしら。充分に炭は熾きたと思うけれど。」
早苗は湯呑みを両手で包んだ。
指先が思ったよりも冷えていた。
「しばらくすれば、温まると思うけれど。」
早苗がお茶を啜ると、稔は自分の湯呑みを盆の上に戻した。
「早苗は賢いのに、どうしてわからないかな。」
悪戯な笑みを含んだ稔が、早苗の両手をそっと湯呑みごと掴んだ。
「隣に早苗が居るんだ。もっと早く温まれることが出来ると思うんだ。」
早苗はようやく言葉の意味を知る。
湯呑みを両手で持っている上に、それを稔の手で固定されてしまっていた。
寒いから障子戸は締め切ってはいるが、まだ昼前だ。
稔の顔が早苗に近づいて来ても、早苗は顔を赤くする以外になす術がなかった。
やれやれ… ( ;´Д`)、




