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第二十八話 虫追い 4

 包丁を棚に仕舞い、乱れてもいない髪を撫でつけながら、早苗は縁側へと戻った。


 乾いた天気が続いているせいか、畳はそれほど汚されてはいなかった。


 軽く座敷箒で掃き出していると、また、飛び石を踏む音。


 客がやって来た。


 戻って来る女は初めてだなと、早苗が思いながら顔を上げると、そこには稲川の姿があった。


 見た途端、早苗は苛立ちを覚えた。


「何か御用でしょうか。

また、豊子さんをこちらに誘ったのかしら?」


 稲川は早苗の機嫌の悪さに身をすくめたが、それでも逃げる事なく、縁側へと近付いて来た。


 仕事帰りなのか、スーツ姿だ。


 早苗は箒を縁側と垂直に持つと、胸を張って言った。


「豊子さんみたいな人をまだ口説き落とせないようなら、しばらく来ないで下さい。」


「そ、それは、オレも、どうにかしたいと」


「だったら、さっさとしなさい。世の中には他にも結婚したいと思っている女の人はたくさんいます。


 子どもがいるからって、何ですか。豊子さんが子どもを大事にしない人に見えますか?」


 早苗はさっきの女への苛立ちも含めて、腹が立って仕方がなかった。


 稔のような妻帯者を狙わなければ結婚が出来ないと思う女。

 豊子のように自分なんて結婚できる訳がないと言う女。

 そして、子どもがいることを負い目に感じている稲川。


 すべてに腹が立っていた。


「仕事が終わったのなら、まっすぐお子さんのいる家に帰りなさい。


もしくは、うちではなく、ご自宅へ豊子さんを連れて行きなさい。


そして、さっさと豊子さんを嫁にしなさい。」


 箒を鬼の金棒のように持ち、縁側に立つ早苗に、稲川は常にない怒りの強さを感じた。


 その稲川の顔を見て、苛立ちが増した早苗は、言わなくてもいい事を言ってしまおうと、怒りに任せた。


「だいたい、うちに連れて来ることがおかしいと気が付きなさい。


豊子さんはいつもひとりで遊びに来てます。それなのに、稲川さんとも一緒に来ているんです。


この意味も分かりませんか。


 それに、あんなに濃かった化粧が稲川さんと一緒に来る時は、本当にきれいに見えるように変えるようになりましたよ。


お店にいる時と、うちに来る時の豊子さんが違うと気が付いていますか?


 それすら分かっていないようなら、豊子さんが他の誰かに取られるまで、指を咥えて黙って見ていなさい!」










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