第二十六話 虫追い 2
女は口紅の色のように、顔を真っ赤にさせると、飛び石の道順から外れ、縁側に立つ早苗の正面へ足音も荒く、立ちはだかった。
早苗は相変わらず見下ろしながら、両手を前に重ねて立っている。
「あんたみたいな辛気くさい女!先生の邪魔なのよ!先生の描く絵はもっとたくさんの人に認められるべきなのよ!
それなのに、古臭い着物のあんたばっかり描いて!
外で食事するにも、なんであんたの許可をとらなきゃいけないのよ!
さっきも、さっきで、妻に土産を買って帰ると約束しているとか、断るとは思わなかったわ!
本当に、あんた、邪魔なのよ!」
足を踏み鳴らさんばかりに仁王立ちして、女が叫ぶ。
それを眉ひとつ、動かすことなく早苗が見つめる。
切れ長の目は、涼しげなまま。
「あんたが居なければ、先生はもっと売れるのよ!
あんたよりもあたしの方が先生にはいいのよ!
あたしに先生を寄越しなさいよ!」
「言いたい事は、それだけ?」
早苗は一言だけ言うと、くるりと女へ背を向け、土間の方へと姿を消した。
その対応に逆上した女は、靴も脱がずに縁側へと上がり、後を追った。
外の明かりに慣れた目には、土間の暗さに慣れるまで、少し時間がかかった。
それでも一分は経っていないだろう。
その僅かな時間で、女の顔色は変わっていた。
体を硬直させ、凝視する先には、出刃包丁を持った早苗。
軽く右手に掲げ持つ包丁は、鈍く光を集めていた。
上り框に土足で立つ女に、早苗は右手を少し差し出すと、
「さぁ、刺しなさいよ。」
抑揚なく言った。
早苗にとって、虫のようなものだ。
払っても払っても、虫が湧く。
戦争未亡人と言われる佳乃のような女たちは、男を追いかける暇は無い。
いちにち、いちにち、小さな子どもたちを抱えて、ご飯を食べさせる為、服を着せる為、布団で寒く無いように寝させる為、生きることだけを考えている。
男なぞ、考えている暇は無い。
余計な手間が増えるだけだ。
見目や条件の良い男を手に入れようと、躍起になっているだけの目の前の女は、馬鹿げていると早苗は思った。
独り身の男はいる。
仕事も土地もない男たちや、戦争で傷ついたままの男たちが、独り身で生きている。
早苗は稔が生きていてくれればそれでいい。
土地も何も無くていい。
戦争で手足を失ってしまっていても、きっと、早苗は稔と一緒に居る。
それだけの稔への思慕と、覚悟が、この女には、無い。
あるのなら、早苗を刺し殺してでも、奪おうとするだろう。
早苗はそれを試していた。
どの女に対しても。




