第二十五話 虫追い 1
軒先に干し柿を吊るしたばかりだ。
その翌週には、豊子が「食べ頃になったら呼んでくださいね。」と言いながら、縁側で茶を飲んでいる。
「そんなに眺めても、急には食べられないよ。」
その隣には、稲川。
ここは逢い引き場所ではない。
早苗は稲川の押しの弱さに、いい加減げんなりし始めていた。
そろそろ炬燵を出す季節かと、炬燵布団の繕いをしていると、稲川に連れられて豊子がやって来た。
いかにも休日に出掛けている男女といった恰好だ。
柔らかな上着におろしたてのズボンの稲川。そして、耳が隠れるくらいに伸びた髪に、ほのかなアイメイクと僅かにさした口紅が、秋めいた濃茶のワンピースに似合う豊子。
すっかり豊子ひとりでも来ることに慣れてしまっていた早苗だったが、稲川の姿が見えると思わずため息が出た。
「稲川さん…」
眉間に皺が寄ってしまう。
色々知っている早苗であっても、稲川のこの行動にはうんざりとしている。
他のキャバレー客との違いを見せるために、藤村家へ来ていると思える段階はとうに過ぎた。
単純に、稲川はどこに女を連れて行けばいいのか、知らないのだ。
苦肉の策の藤村家が、豊子の気に入ってしまい、豊子の方から「早苗さんに会いたいわ」と言われてしまえば、稲川は素直に従う。
それでいい訳がないだろうと、早苗は思っているが、黙っている。
そして、今日も茶を用意したのだ。
豊子と稲川が訪れた翌日、早苗は炬燵布団の繕いを続けていた。
稔は出版社に描きあげた挿絵を届けに出掛けている。
最近、稔を指名した仕事が増えているようだ。その仕事の打ち合わせも含めての出版社行きだった。
稔の絵が認められるのは嬉しいが、早苗の目の届かないところに頻繁に行かれると、少し胸が重くなる。
早苗は、稔が帰り道に買ってくると言った土産を楽しみにしようと、自らに言い聞かせながら針を進めていた。
どら焼きか、最中か。
どちらにしても、稔が早苗の為に買ってきてくれる。その一事が早苗の心を浮き立たせてくれる。
まだ御三時には時間がある頃、塀の向こうから、かつり、と、飛び石へと歩みを進める、ふわりとしたスカート姿の女が見えた。
早苗は針を針山に戻すと、立ち上がり、縁側へと出た。
着物の裾を直す。
そっと、髪に手をあてる。
早苗は、真っ直ぐに前を向いた。
色味の派手なカーディガンを羽織り、パーマをあてた長い髪を緩く纏めている。真っ赤な口紅をひいた女だった。
早苗は、縁側に立ったまま、見下ろすようにして、女へ話しかけた。
着物の衿を指先で、ぴっと張る。
「絵は出来上がりました。何か御用でしょうか。」
高圧的に声を掛けられ、赤い口紅の女は、早苗をきっと睨んだ。
「稔先生をいただきに伺いましたの。」
早苗はそれを聞いて鼻で笑うと、
「お引き取り下さい。」
即答した。




