第二十四話 干し柿 3
「写真と朧げな、ほんのちょっとした記憶しかないんですが、母も小柄な人で。
目元が早苗さんと似ているんですよ。それと稔さんを見るときの顔が、母を思い出させるんです。
あれはたぶん、親父を見る時の顔だったのかなぁ。母より背の大きい男の人が一緒にいた記憶なんですけどね。
子どもながらに、母親を取られたって思ったんでしょうね。悔しいから覚えてる。
まあ、ほとんど家にいない親父よりは、母親の方が大事ですよね。」
はっはっはっと笑うと、久間木は続けた。
「仕事ばっかりで家にいない親父でしたが、母が亡くなった時はとても悲しみました。その姿は今でも覚えてます。
とても悲しかったんでしょうねぇ。しばらくして、今、早苗さんたちがいる離れの方に引っ込んでしまいました。その上、母と思い出があったのか、桜の木を植えましてね。
私も一緒に植えたんですが、あれは母の姿を繋ぎ止めようとしていたんでしょうね。
もう一度死んだ人間に会えるように。」
久間木は袂に手を仕舞うと、くつくつと笑い出した。
「今思うと、親父もなかなかでしたね。
仕事柄、いきなり隠居にもなれやしないのに、離れに一人で住んで、毎日桜の木を見てました。話をしていたのかもしれませんが、もうわかりませんね。」
早苗は久間木の顔をじっと見つめていた。
久間木が早苗に笑いかけると、申し訳なさそうに言った。
「そんな勝手な思い入れで、藤村さんたちになら、あの離れを貸してもいいと思ったんですよ。
親父と母が二人で暮らすように思えてしまって。
いや、本当に私の勝手なことで。」
はっはっはっと笑い、いたずらが見つかったというように頭を掻いていた。
早苗はその久間木の様子をじっと見ていたが、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、稔さんと二人で住めるところを貸して下さって、本当にありがたいと思ってます。」
「まあ、まだ住む家が足りてないですからね。そのうち団地とかいうものが出来たら、こんな古い家に住みたいという人もいなくなるでしょう。
早苗さんが良ければずっといて下さい。」
久間木は優しい目で早苗を見つめながら、そう言った。
早苗は久間木への感謝の念を込めて、柔らかく目を細め、口元に笑みを浮かべながら、
「ありがとうございます。」
と、頭を下げながら言った。
早苗が頭を上げると、籠いっぱいの柿をそれぞれ持った、笑顔の珠代と豊子が向かって来るのが見えた。




