第二十三話 干し柿 2
早苗は驚いて、佳乃の顔を見つめたまま、黙った。
隣に座る稔が、カウンターの下で早苗の手を繋いでくれた。
その手の動きに、心強さを感じた早苗は、今さらながら思い出した。
あの時、路地から出て来た顔は、早苗の知っているヤミ市の時代に会った、そのままの顔だった。
十年近く経っているとは思えない、同じ歳の頃の顔だった。
早苗は血の気が引いた。
それをどう見たのか、佳乃は話を続ける。
「確か早苗さんが居なくなって半年も経たない内に死んだのよ。なんでも女に首を絞められたんだって。
元々碌でもないヤツだったから、刺されるなり何なりされてもおかしくなかったもの。
早苗さんが気にするほどのことじゃないわよ。」
鉄板の上で焼けた生地に、ねっとりとした餡子をぽんぽんと落とす。
「そう、ね。あんまり、まともな奴じゃなかったものね。
急にごめんなさい。祭りの日に、通りで似た人を見かけて。怖くなってしまったの。」
餡子を真ん中に、くるくると生地を丸める。
「あぁ、それで来られなかったのね。可哀想に。早苗さん、あの頃、付き纏われてたから。
大丈夫。あいつは居ないわよ。ここに住んでるあたしが、似た顔すら見たことないんだから。
安心してまた店においでよ。」
にっ、と佳乃が笑いかけると、早苗は切れ長の目を伏せて、もう一度顔をあげると答えた。
「そうね。もう死んでいるんだものね。気にしても仕方がないわ。また、寄らせてね。」
「ええ、おいでよ。待ってるから。」
棒状になった餡子入りの粉焼きを佳乃が皿に乗せる。
早苗はカウンターの下で繋がれた稔の手をぎゅっと握り、顔を稔の方へ向けて口元だけで笑った。
早苗は手元にある剥き掛けの渋柿と、包丁を眺めていた。
陽射しが包丁の刃にあたり、柿の汁が付いた部分が反射もせず、不気味な照りを見せている。
「死んだ人間ですか。」
久間木は黙ったままの早苗を気遣うように、ふうむと、悩む素振りをした。
「死んだ人間に似た人でも会ってみたいと、思うことはあるかもしれませんね。」
「そう、ですか。」
早苗は俯いたまま、手元を見ている。
「私の母なんですが、子どもの頃に亡くなってしまいましてね。
切れぎれの記憶と、写真の顔でしか分からないのですが、会えるならもう一度会ってみたいなぁと思っていましたね。」
久間木は俯いたままの早苗をちらりと見ると、
「その母に、早苗さんは似ていると思ったのですよ。」
と、言った。
早苗は驚いたように顔を上げると、久間木の顔を見つめた。
それを見た久間木はいたずらっ子のように笑うと、本当ですよと前置きをして、内緒話をし始めた。




