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第二十話 盛夏の祭り 8

 

 今、早苗は、稔と一緒に居る。


 手を握られ、一緒にいる。




 それだけのことを何度も何度も確かめた。


 そしてどれだけの時間が過ぎたのか。


 暗闇の中、早苗は口を開いた。




「ヤミ市にいた頃に、あの男の首を、絞めたの。」




 ひゅうっと音を立てて、早苗は息を吸った。



「それだけなの。


あの男と稔さんとしているようなことは、ひとつもしていないの。


だから。」



 だから?


 早苗は何を言えばいいのか、分からなくなった。




 ただ、稔に離れて欲しくない。



 そばにいて欲しい。



 わたしだけが稔に触れられる女でいたい。





 その願いだけが、早苗だった。






 他のものは何も要らないから。



 それを言いたいのに。





 早苗は言葉に出せないまま、稔の手を強く握りしめた。



 その手の強さに、稔が応えた。



 早苗の小さな女の手よりも、骨張った大きな男の手は、わずかに上回る温もりで、すべてを覆った。



 じんわりと、その温もりが、早苗の骨にまで伝わった。



 早苗は稔の顔も見えない暗い部屋の中、涙を零した。 




 ぱたたたっ。





 早苗の左右の目から交互に落ちた涙が、続け様に畳を打った。



 稔は何も言わない。



 早苗は、もう何も言えなかった。



 ただ、稔の掌が早苗の全てを受け入れていた。



 顔を俯けた早苗の頭の上に、稔の唇が触れた。


 夏の暑さで汗をかいた早苗の頭に鼻を埋める。


 髪油の匂いよりも、早苗の匂いの方が稔には強く感じた。


 手を握り締めたまま、稔は早苗の頭から、耳へと唇を移し、首筋にも触れた。



 汗をかいたままのせいか、しょっぱい。



 何度も何度も顔を動かして、早苗の皮膚に唇を触れさせる。


 ただ、それだけを繰り返した。


 何度目か分からない口付けを落とした後、早苗が手を離すと、稔の首周りへと手を伸ばし、巻き付いた。




 まだぐずぐずと早苗は泣いていた。




 稔は早苗の首筋に顔をうずめ、背中を強く抱きしめると、そのまま畳の上に腰を下ろして、足の間に早苗を座らせた。



 そこからまた口付けを早苗の肌に落とすことを繰り返した。



 ようやく、早苗が泣き止み、無言で稔がするままにさせていたが、鼻声でおねだりをしてきた。


 稔はふふっと笑う。


 その息が首筋にあたり、くすぐったいのか早苗が身じろぎする。


 稔はその首筋を消毒するように舌を這わせると、早苗の衿元を肩が見えるまでに広げた。


 暗闇の中でも仄かに白い肌。


 そこを口に咥えた後、稔は歯を立てた。


 稔の歯が赤い痕をつける。


 

 鬱血(うっけつ)するまで繰り返す。


 何度も、何箇所も。



 早苗が誰のものであるのか、はっきりと示すために。


 早苗に対しても、あの男に対しても。



 場所を変えるために、早苗の肌をさらに広げる。



 そこに顔を(うず)める稔の背中に、早苗は爪を立てる。


 シャツの上から、赤い痕がつくように。


 何度も、何度も。


 次第に、早苗も稔の肌に直接触れて、早苗のものであると、示すための行為に耽り始めた。






 夜になっても、暑さの残る締め切った暗い部屋の中、蛾が紛れ込んでいたのか、パタパタと障子を打つ音が聴こえた。










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