第十八話 盛夏の祭り 6
戦争が終わった。
嘆き悲しむ人々。
その影で、終わったことに喜びを漏らす人の声。
何もかも、残ることなく、早苗を通り抜けて行った。
その膨大な言葉の中で、空の下に出てもいいという言葉が、不意に早苗の体を動かした。
稔のいない焼け跡から仰ぎ見る空は、どこまでも見通すことができるようで、恋慕だけが募った。
同じ空にいるのなら、どこまででもこの身を飛ばして行きたかった。
戦争が終わってから、配給が減った。
早苗の小さな体は、もっと小さくなった。
このまま、身を失くしてしまえば、稔の所へ行けるだろうか。
そんなことを考えて、早苗は飢えていく体をそのままにしていた。
秋分が過ぎてもまだ暑さが戻る。
その日に早苗はふと目を覚ました。
復員船。
それは稔が帰ってくる吉兆の言葉だった。
旦那寺での定期的な連絡でも、稔の両親は死んだとは一度も言ってなかった。
生きているなら、稔はきっと早苗の元へ戻って来る。
その僅かな望みで、早苗は生きていた。
それでも、早苗の生きる日常は、あまりにも現実感が無かった。
焼け跡の日々は、何もかもが剥き出しになりすぎていて、早苗の中の柔らかい気持ちを隠せる場所が、ひとつも残っていなかった。
早苗はすべてを雨曝しにする中、身を殺がれながら、稔と会うためだけに、生き延びていた。
そんな中でも早苗の手先の利用価値はあったようだ。
ヤミ市では、なんでも高い値が付いた。
それでも、もっと金を手に入れたい店のオヤジは、色々な混ぜモノを早苗に教え込んだ。
早苗は素直に従った。
客が気が付かない程度に、客が死なない程度に。
早苗自身が口にすることの無いものでも、按配良く、混ぜて作った。
それが店のオヤジのお気に入りになったのか、早苗は日銭を稼いで、文字通りに食い繋ぎ、稔の帰りを待った。
その中で、高瀬親子と出会い、身を寄せ合って、バラック小屋で雨露をしのいだ。
本当にただ食べて、寝るためだけの生活。
それでも、小さな達郎と、もっと小さなすみれが、早苗の庇護欲をつつき、生きることを選ばせた。
まだ三歳になったばかりのすみれを抱きしめて、そのぬくもりと共に何度も朝を迎えた。
シラミの痒みと共に。
それが当たり前になりつつあった。
そこにあの男がやって来た。




