第十五話 盛夏の祭り 3
早苗はまた遊びに来ると約束して、佳乃の店を出た。
しばらくして、人の多さで紛らわすように、早苗は右手を伸ばして、稔の左手を掴んだ。
そのまま、手を繋いで二人は駅へ向かう。
どちらも何も言わなかった。
大通りも手を繋いだまま、渡る。
駅に向かう通りを歩く人が減っていた。
古びた建物の陰に猫が一匹。
まん丸になった目を早苗は見た。
その猫が急に立ち上がると、路地から通りの方へ駆け抜け、どこかへ行ってしまった。
そして、路地の奥からは、腰に手ぬぐいをぶら下げた男。
早苗は稔の手を強く握った。
「早苗…」
稔が声を出した途端。
「久しぶりだなぁ。さなえ。」
路地から出てきた男が、タバコのヤニで出来たような歯を出して、笑っていた。
口元の皺が、日に焼けた肌のせいか、ひどく歪んで見える。
稔は早苗を背中に押しやると、男と正面から向き合った。
「何の用ですか。」
「久しぶりに会ったから、挨拶しただけだよ。アンタ、さなえの旦那だろ?こんなにくっついて。
よかったなぁ。さなえ。
無事に帰って来たんだな?」
稔の背中で、シャツを強く握る感触と早苗の頭が押し付ける熱を感じた。
「…帰って来たのだから、早苗に代わって言えばいいですかね?
妻が大変お世話になったようで。」
稔が敵意を剥き出しに言うと、男は耐えられないといったように、腹を抱えて笑い始めた。
「ははははっ!
世話になったのは、こっちの方だよ!なんなら、またお願いしたいくらいだ!
なぁ、旦那。
旦那からも口添えお願いしますよ。
ちょっとした小遣い稼ぎになりますよ。さなえ、もう一度どうだ?」
早苗は稔の背中から、顔を出そうともしない。
「妻は嫌がっているようなので、失礼。
早苗、帰ろうか。」
稔は肩越しに早苗に話す。
早苗はこくこくと、首の動きを伝える。
稔は男を睨んでから、男とは反対側の方へ早苗を押しやり、そのまま肩を抱え込みながら、駅へと歩き出した。
男は追ってくる様子もない。
ただ、にやにやとしながら、早苗の方を見て、腰にぶら下げた手ぬぐいをぷらぷらと片手で振り動かしていた。
少し離れてから稔が振り返ると、提灯ごしの燈があたっているせいか、薄汚れた手ぬぐいがやけに目に残った。
二人はそのまま、まっすぐ家に帰った。
帰宅後、早苗は土間と居間の間にある上り框に腰を下ろしてから動こうとしない。
顔面蒼白で、視点が合っていなかった。
稔が両手で肩を抱き、声をかけても茫然としたままだった。
しばらく様子を見ていた稔が諦めて、早苗を抱き上げて運ぼうと、腕を体に添わせると途端に早苗が動いた。
稔の腕から離れるように立ち上がると、そのまま流しへと歩いた。
そして、流しの横にある棚から出刃包丁を掴むと、両手で握り締め自分に向けた。
早苗は死ぬ気だった。




