第十四話 盛夏の祭り 2
店先で立ったままでは、通る人の邪魔になるからと、佳乃に呼ばれて店の中へ二人で入る。
三坪もない店内には、鉤型の簡素なカウンターと椅子、奥に鉄板が見えた。
ちょうど客は誰もいなかった。
「みんな踊りに行っているのよ。さっき、すみれも走って行ったもの。」
「ああ、さっきのおさげの子。すみれちゃんだったのね。道理で。
…そう、大きくなったのね。」
早苗は眉を下げて、じっとカウンターの板を見つめた。
出された湯呑みには手をつけずにいる。
そのまま、沈黙が降りる。
通りを三々五々に人が歩いて行く。
野太い笑い声が店先を通り過ぎた。
猪口に注がれた酒をひと口飲み、稔が声を掛けた。
「ずいぶん新しいようですが、出来たばかりですか?」
「ええ、ずっと屋台でやってたんですが、組合を作って、みんなで店をそれぞれやろうってことになって。
夜はお酒も出してますから、この後の時間でも、お客さんが来るんですよ。」
佳乃が手を動かし始めた。
「簡単な粉焼きなんですが、なんとかお客さんもついてきまして。昼間は学校の終わった子どもたちが来たりするので。ずっと店にいると新しいことも忘れてしまいますね。」
鉄板に油をひき、小麦粉を溶いたものを焼き始める。
少し、トロリとしている。
「早苗さんとは、ヤミ市で一緒にいた時、世話になったんですよ。」
早苗は俯いたまま、ゆっくり左右に首を振った。
「…わたしこそ、高瀬家のみなさんにはお世話になって。」
手際良く、鉄板にキャベツと揚げ玉を足す。
「高瀬家って言うと大したもんだけど、兵隊の旦那を亡くして、親子三人バラック小屋に住み着いてただけよ。似たような人たちが集まってるところに。
一緒に住んで、すみれや達郎の世話をしてくれた早苗さんの方が、お世話をしたって言っていいんだよ。」
くるりと返して焼き上がり、ソースをかける。
鼻が食欲を刺激してくる。
佳乃は、焼き上がった粉焼きを皿によそい、早苗と稔の前に出した。
「他にも色々あるから。また、来てくださいよ。」
佳乃が俯いたままの早苗へ話し掛けた後、稔と目を合わせてゆっくりと頷いた。
「あの時、達郎やすみれに自分の分まで削って、ご飯を食べさせてくれたのは、早苗さんだったんですよ。
今度は、早苗さんにご馳走する番だ。」
そう言って俯き、少し洟をすすった。




