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第十三話 盛夏の祭り 1



 歩くたびに触れる空気が熱い。



 カラコロとたくさんの下駄の鳴る音が、通りいっぱいに響く。


 走り回る子どもの声。


 言葉としてまとまりのない音。


 一番近くからは、稔の汗ばんだ肌の匂いが届く。


 今日は遠出をするからと、開襟シャツにズボン姿の稔。着流し姿に見慣れた早苗にとって、珍しさもあり、ついつい隣にぴたりとくっついてしまう。



 空襲を逃れた街並みの店先には、提灯越しの(あかり)が並んでいる。


 子どもの頃と同じだった。


 早苗たちは、久間木に頼まれたお遣いの後に、祭りへと足を伸ばしている。


 祝いの品を代わりに届けて欲しいと頼まれたが、どうやら家から出ない藤村夫妻を心配したようだった。


 稔が絵描きとして生計が立つにつれて、早苗は出掛けることもせず、ひたすらに稔の世話をしていた。


 買い出しに出掛ける以外はすべて稔のそばで、家事や手仕事をしていた。


 特に不便も感じずにいたが、久間木から見るとそうでもないらしい。


 大家でありながら、それ以上に世話になっている久間木の頼みならと、二人で出掛けることになった。



 その帰り道。



 久間木の狙いはここだったのか、祭りを見つけたふたりは、ぶらぶらと歩くことにした。


 焼け跡に立った新しい通りと、古びた建物が大通りを挟んで別れていた。


 少し離れた所から、盆踊りの太鼓の音がたわんで響く。



 終戦の年、踊る姿はどこにもなかった。




 早苗は、汗ばんだうなじをそっと手ぬぐいで拭った。





 

 しばらくの間、新しい通りをふたりで歩いていると、粉焼き屋から子どもが走り出してきた。


 おさげを揺らしながら、盆踊りの方へ駆けて行く。


 走り去った子どもは、人の中に紛れて、すぐに見えなくなった。


 酔っ払いが早苗の横を通る。


 稔が早苗の肩を抱き寄せた。


 肩に触れる手のひらの熱を早苗は心地よく感じた。


 稔の顔を見ようと視線を上げると、粉焼き屋から女の顔が。


 早苗の中で感情が動く。


「…佳乃(よしの)さん?」


「さ、なえ、さん?」


 軽くパーマをあてた髪をひとつにまとめた粉焼き屋の女が、早苗と見つめ合った。


 着物を仕立て直して作ったと一目でわかるワンピース型の更生服を着て、エプロンを掛けている。


 お互いに白昼夢を見ているかのように、見つめ合う。


 稔は早苗の肩を抱いたまま、


「早苗?知り合いかい?」


二人の顔を交互に見ると言った。


 その言葉で早苗は、はっとして稔を見返すと、力強く頷いた。


「そう。そう。知っているの。稔さん。


 稔さんが帰ってくるまで、一緒に暮らしていた佳乃さん。


 ほら、ヤミ市で。」


「早苗さん!」


 早苗の言葉を遮って、粉焼き屋の女、佳乃が両手を伸ばした。


 早苗も両手を伸ばして、手を繋ぐ。


 稔は、早苗が初めて自ら女性と親し気にする様子を見て、そっと肩から手を離した。









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― 新着の感想 ―
[一言] 祭りで再開した佳乃さん。 良い人そうです。
[一言] 早苗にも親友と呼べる女性がいたのですね!(ホロリ)
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