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第百三十八話 男たちの酒宴 9

 ふわふわと歩く稔をなんとか連れて歩き、ようやくの思いで藤村家の玄関に辿り着いた竹中は、すっかり疲労困憊していた。


 玄関の引き戸を開ける前に、軽く戸を叩き、


「藤村先生をお連れしましたぁ。竹中です。開けて下さぁい。」


と、声を掛けた。


 稔の帰宅を寝ずに待っていたのか、すぐに早苗が鍵を開けて中へ招き入れた。

 竹中が事情を説明しようと口を開くより早く、稔が早苗に抱き付いた。


「早苗、ただいま。遅くなったかい?待っていてくれたのか?」

「……稔さん、お酒くさい。」


 ご機嫌な様子の稔に反して、早苗は顔を白くして眉間に皺を寄せている。


 竹中は、早苗の機嫌がどちらにしろ悪くなる事に気付き、逃げ腰になった。

 巻き込まれる前に帰ろうとお(いとま)するように挨拶をするが、稔に抱きつかれたままの早苗が、


「終電も出ているはずですから、泊まっていって下さい。ご迷惑をお掛けして。ごめんなさいね。」


と、申し訳なさそうな顔で引き止めたので、帰る事を諦めた。


 稔は早苗に抱きついたまま中に入っていったが、早苗に、


「ほら、稔さん。送って下さった竹中さんが帰れないから、今夜は泊めますよ。おもてなしするから、離れて下さい。」


と、たしなめられて渋々離れた。


 そして、ふらふらとしながら上り(かまち)に足をかけて、居間のちゃぶ台に向かった。


 早苗に勧められるままに、竹中も稔の隣に座り、漬物や茹でた空豆(そらまめ)が並べられるのを見ていた。

 その後に、銚子が一本とお猪口がひとつ。


「早苗、お猪口が足りないよ。」


 稔が弛緩した顔で、甘えたように言う。


「…稔さんは、こっちを呑んで。」


 とん、と音を立ててちゃぶ台に置かれたのは、大きめの湯呑み。

 稔が長めの髪を揺らして頭を傾けると、早苗が無表情のまま言った。


「お客様の竹中さんには、お酒ですけど、稔さんにはこっちの焼酎です。まだ、呑むんでしょう?」


 竹中が「いえ、藤村先生にお酒を」と小声で遠慮するが、早苗は「お酒も残り一合も無かったんです。竹中さん、呑んでください」と小声で勧める。


 稔が呑めば一合もない酒など意味がない。


 竹中は申し訳ないと頭を下げて、早苗から酌を受けた。


 稔は焼酎の匂いに僅かに顔を(しか)めたが、そのまま呑み始めた。


 早苗はその様子をじっと見ていた。


 竹中は、何杯くらい呑むのだろうと早苗と稔を交互に見ていた。







 竹中の予想よりも、稔が潰れるのは早かった。


 竹中が舐めるように猪口を口につけているうちに、稔は三杯ほど焼酎を呑むとぱたりと横になって眠り始めた。

 早苗は稔に掻巻(かいまき)をそっと被せた。


「藤村先生は、暴れたりしないんですね…」


 いつも介抱している冨田と同じくらいに稔も世話をしなければならないと覚悟していた竹中は、拍子抜けしたように言った。


 早苗は稔の頭の下に座布団を入れながら、「そうねぇ」と独り言のように答えた。


「酔っ払うまでは長いのだけれど、ふらつき始めたらそのまま眠ってしまうのよね。」


 丁寧な手つきで、そっと頭を持ち上げる。


 座布団の上に乗せた稔の頭をゆっくりと早苗が撫でる。


 それだけの事なのに、竹中は顔が赤くなるのを誤魔化すことが出来なかった。

 まるで睦言の場に居合わせてしまったような羞恥に襲われた。


 慌てたように酒を注いでは呑み、酔いによる顔の赤味に見えるようにした。


 早苗は急に呑み始めた竹中を振り返り、何かおかわりを用意するか尋ねたが、竹中は勢いよく首を横に振った。


 それで一気に酔いが回った竹中は、そのままちゃぶ台の横に寝転がって眠ってしまった。


 早苗は稔と同じように掻巻と座布団を用意し、灯りを消すと自分は画材に囲まれて奥の部屋で眠った。







 翌朝、早苗は起きた竹中に簡単な朝食を用意した。


「藤村先生はまだ眠られているんですか?」

「起こしてみたけど、ダメだったわ。昨夜ほど酔っ払うことはあまりないから。

 昼過ぎまで眠ったままかしらね。」


 早苗が心配そうに稔がくるまった掻巻を見ていた。

 竹中は、「こんな夫婦いいなぁ」と知らずに想い人である菜津水の顔を思い浮かべていた。





 早苗が予想した通り、竹中が帰るまでに稔は起きることがなかった。


 昼過ぎに起きて、便所へ向かったが下り腹の感じがすると早苗に言った。


 早苗はじっと稔を見つめて、両手で頬を挟んだ。


「大丈夫なの?」

「もう少し、寝るよ。」


 稔は早苗の手に自分の手を重ねて、愛おしげに早苗の顔を見た。





 そして、稔は早苗が敷いた布団に入り、再び眠った。



 夕方、腹が下る痛みに目を覚ました稔は、失明していた。












次話は、12月1日 17時に投稿します。


執筆の休養と書き溜めのため、しばらく連載を止めさせていただきます。




残りも全体の4分の1くらいかなと思っていますが、200話を越えそうなので一度お休みさせて下さい。( ;´Д`)

ここからは伏線回収と山場になるので、ちょっと落ち着こうかと。


読んでくださっている方々には申し訳ありませんが、無事完結させるためとご理解のほど、お願いします。m(_ _)m


さて、失明した稔。

ここからどうなるか。

しばし、お待ちを。



お時間ある方は、こちらをどうぞ。


『かくれんぼは、お盆まで』

https://book1.adouzi.eu.org/n5240hd/


珠代バージョンのスピンオフです。


それではまた師走にお会いしましょう。

ʕ•ᴥ•ʔ






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[一言] えーーーー!?!?!?!?
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