第百三十三話 男たちの酒宴 4
水谷と一緒に呑んでいる男たちは、仕事仲間のようで、みんな似たような身なりをしていた。
年齢もばらつきがあったが、仲の良い雰囲気を感じた。
「水谷さんのお友達ですか?」
「まあ、久しぶりに会ったけどね。」
「それじゃあ、ここじゃなくて別の店に行きましょう!もっと広い所に行かないと!」
一番年下と思われる青年が、稔の背中を叩いて座敷から三和土へと足を下ろした。
「藤村、その本はなんだ?」
「ああ、俺の画集だ。お前にやるよ。」
稔は面映さを感じながら、水谷に画集を手渡した。
「え、お前、画家になったのか?」
水谷が驚いたように大声を出した。
それを聞いた水谷の仲間がわらわらと寄ってきた。
「画家先生なの?すごいな、お前の知り合い。」
「うわぁ、美人。あ、こっちは可愛い。おれ、こっちの方が好み。」
「お前には高嶺の花だろ。この間振られた女に似てないか?」
「あれは、振られたけど振られてないんだよ。結婚が決まってたのを知らなくて声を掛けたんだ。婚約者がいるなら、仕方ないだろう。」
「だから、それが振られたんだって。何を見込みがあったように言ってんだか。」
「うるせーな。新妻が待ってるんだろ、呑みに来てないで家に帰れ、帰れ。」
「たまには実家に帰らせてくれって、泊まりに行ったんだよ。今日は呑むぞ。」
「うわ、なんだか先輩だけど、先輩ヅラして嫌ですねぇ。」
わいわいと話しながら、店を出た。
向かう先は路地に入った一軒の呑み屋。
老爺が一人で切り盛りしている店らしく、こざっぱりとしていた。
そして、男たちは店に入るなり、その畳敷きの席の方の机を全て端に寄せ始めた。
稔が呆気に取られていると、三和土に木箱を並べて、その上に座らせられた。
「え、何を」
「酒はこっちの酒箱の上に置いときますよ。はい、コップ。」
「おい、手ぬぐいあったか?」
「オヤジさん、風呂敷貸して。」
「籠、借りるよ。」
あれよあれよと言う間に、座敷は舞台の様に設られた。
そして、その目の前にある三和土には酒箱の上に置かれた一升瓶とコップ、そして木箱や適当な場所に座る男たち。
稔が注がれた酒を何度か呑むと、座敷に一人の男が立った。
水谷だ。
水谷は手ぬぐいを両手で掲げてから、くるりと顔に巻いた。
そして手拍子をすると、店の老爺と既に店内にいた客たちも一緒になって拍子を取り始めた。
その拍子に合わせて水谷が腰を屈めると、足元に置いていたザルを手に取り、座敷の隅の方へ移動すると、稔がいつか見た動きを始める。
安来節だ。
稔は戦地で見た水谷の姿を一瞬で思い出した。
唄が後ろから聞こえたので振り返ると、店の老爺が口を大きく開いて、朗々と唄っていた。
稔はなるほどと思った。
店の老爺と水谷の相性が抜群なのだ。だから、この店に連れてこられたのか。
稔はくすりと笑いを溢すと、一緒になって手拍子を打ち始めた。
戦地で見た時以上に水谷の芸は磨かれているようだった。
「何を目指しているんだ、あいつは。」
稔は笑いながらも、涙が滲むのを止められなかった。




