第十二話 女たちの夕餉 3
早苗は珠代の笑みを見て、うんざりとした。
「珠代様、今日は何の御用だったのでしょう?」
肖像画なら出来上がったはずだった。もうここへは来ないと思っていたのに、何度も来ている。その上、今日に至っては夕飯まで作って食べている。
「あら、いやだわ。そんな顔をしなくても。」
ほほほ、と態とらしく珠代が声をあげて笑う。
「豊子さんこそ、絵をお願いされている訳でもなさそうなのに、藤村先生のおうちに何度も来られてるじゃありませんか。それなら、私が来てもよろしいのではなくて?」
ふふふと、魅惑的に目尻の皺を作りながら、珠代が早苗の顔をのぞき込む。
早苗は下がり眉を険しく八の字にして、身を逸らした。
それが珠代には楽しい。
取り繕った愛想笑いの早苗よりも、嫌そうな顔をしている早苗の方が、より早苗らしい。
ただ、やり過ぎると良くない。
引き際を踏まえた上で早苗にちょっかいを出す。
それが珠代の唯一の楽しみだ。
嫌いな女なら、一言たりとも口をききたくない。
「豊子さんは、いつも稲川さんとこちらへいらっしゃるの?」
珠代は話の矛先を変える。
「はい。キャバレー以外で会うお客さんって、みんな同じような所に連れて行くって、稲川さんに言ったら、じゃあ戦友の所へ行こうって。」
「あら、まあ。」
「なんだかよく分からないけれど、昼間だしいいですよって言ったら、藤村先生のおうちに。
アタシ、絵を描いている人は何人かお客さんでいるから知ってるんですけど、本当に描いている人を初めて見て。」
枝豆をパクパクと食べながら豊子が続ける。
「すごいすごいって言ってたら、藤村先生が早苗さんを描いた絵を一枚下さって。
それが本当に綺麗で。
その絵に描かれている人が目の前にいるし、美味しいご飯も食べさせてくれたし。」
うっとりと早苗を見ながら、枝豆を手に持ったまま、豊子は微笑んだ。
「こういう女の人になりたいなぁって、思って。
まぁ、無理なんですけど。
こんな恰好しないとお客さんも来ないし、料理も出来ないし。
もう少ししたら、三十になっちゃうけど、今、結婚出来ない女の人、いっぱいいますし。
アタシが選ばれるとは思えないから、なんとか食べていければいいかなぁって。
へへ、戦争行って帰って来ない人、待ってても仕方ないですし。」
笑いながら話して、だんだんと目を潤ませて、枝豆をどんどん口に含ませた。
早苗は、黙って薬缶から麦茶を豊子の湯呑みに注ぎ、珠代は、枝豆の殻を乗せる皿を自分のものと豊子のものを交換した。
風も吹かない夏の庭は、梅干しを干す台が置かれたままだった。




