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第百十九話 新緑の水鏡に一滴 8

 早苗は曾根崎と稔が座ったまま握手をするのを見て、支援の申し込みを受けたことを悟った。


「勝手に決めて、もう…」


 早苗は小さな声で怒る口ぶりで言いながらも、稔の絵が認められた事に喜びを感じていた。稔にアトリエを提供してくれるというのなら、そこに早苗は付いていくだけだった。


 今の家から通うとどれくらいの距離なのだろうか、昼飯は弁当にして持って行った方がいいだろうかと、早苗は夢想した。





 展示会最終日の夕方。


 絵は全て売約済みの印がつき、画集の販売部数は目標には届かなかったが、書店販売の方では売り上げが伸びているので、充分な成果と言えた。


 画廊の入り口の扉を閉めて、画廊店主と稔が簡単な御礼の挨拶をした。


 絵は明日以降に画廊から届けるため、今日は何もしない。残った画集も裏口近くにまとめてあるので、特に稔も早苗もする事は残っていなかった。


「さあ、それじゃあ晩餐会へ行きましょう!」


 竹中が音頭をとり、画廊店主と従業員、出版社からは冨田と竹中、そして曾根崎も店で合流して、夕食を共にすることになった。

 展示会初日の時と同じように、和やかに洋食屋での会話は進んだ。


「へえ、それじゃあ、これからは曾根崎さんが藤村先生の後見に。」

「そんな大層なものですか。ただの道楽に付き合って貰うだけですよ。」


 冨田が曾根崎と話す一方で、こっそりと竹中が稔に小声で「デートって、何て言って誘えばいいですか?」と聞いていた。

 稔は竹中に釣られて、小声で返した。


「デートって、誰を誘うんだい?」

「……冨田さんの姪っ子さんです。」


「それは」稔は大声になりそうな所を寸前で(こら)えた。


「…一緒に出掛けませんかでは、ダメなのかい?」

「…美術館とかならいいですかね?藤村先生の絵を見に行くとかなら、誘いやすいですが。」


「美術館で展示されるほどの画家じゃないよ。そうだな。それじゃあ、俺が好きな画家だとか、そんなことを言えばいいんじゃないかな。」

「なるほど。それならいいですね。」


「………何を話しているの?」


 早苗が口元だけに笑みを浮かべながら聞いてきたので、稔と竹中は無言でそっと顔を離した。




 穏やかな夕食はあっという間に終わり、曾根崎の迎えの車が来るのを全員で待ちながら、街灯の下で雑談を続けた。


「明後日からは書店巡りですね。本人もいるなら、何かやるんですか。」


 画廊店主がワインで赤くした顔のまま、朗らかに冨田に聞いた。


「様子を見てですね。先日の騒ぎが原因で敬遠されれば、すぐに帰れるようにしますから。」

「…あの人、どうなったんですか?」


「さあなあ。離婚されて家を出されたらしいけど、病院に行く予定だとも聞いた。詳しい事はわからん。」


大事(おおごと)にしたくないにしても、関わりたくないですね。あの人、怖かったんですよ。後ろからだから、捕まえに行けたくらいです。」

「警察に行ってからは大人しいもんだったよ。そういえば、姪っ子が怯えるから、あの時お前には話してなかったな。」


「ああ、菜津水(なつみ)ちゃん怖がってましたもんね。」

「…ちょっと待て。お前、いつから菜津水の名前を呼ぶようになったんだ?」


「え、いえ、明日花ちゃんと一緒にそう呼んで…」

「お前、もう家に来るなよ。」


「え、なん、よ、酔っ払った冨田さんを届けに何度か行ってるじゃないですか!」

「これからは、いい。大丈夫だ。一人で帰れる。」


「部屋の鍵も出せないくらいにべろんべろんになってる冨田さんを運ぶだけじゃないですか!」

「ああ、今まではな。これからは大丈夫だ。」


 冨田が竹中の肩をぽんぽんと叩いた。


 竹中は「そんなぁ!」とアルコールで緩んだ涙腺を盛大に壊して、泣きながら冨田に前言撤回を求めた。









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― 新着の感想 ―
[一言] 竹中ああああ!!!!www
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