第百十話 明日花という女 3
継母と関わりを避けながら、食事だけは時々一緒にする生活を送って数年。
父と継母が仲良くしていたのも、最初だけだった。
どうにも金の使い方が荒いらしい。
確かに継母の見た目は派手だ。だが、だからなんだというのだろう。
母に似た顔立ちの明日花は、継母の顔をまったく羨ましいとも思わなかった。
それよりも、母のように生活に追われながら、家の事、子どもの事をきちんとしようとしている友だちの母親たちのような人たちの方が好感を持てた。
継母のような顔の人は、友だちの母親でもいる。
しかし、化粧はすることもなく、汗をかきながら店に立って、おやつを持って行きなさいと友だちに怒鳴る声を恥ずかしいとも思わずに、口を大きく開けて笑う顔の方が明日花はいいと思った。
継母はその要素が一切なかった。
美しい自分を人から褒めて貰いたい。
それだけが滲み出ていた。
明日花が家庭内の異状に気が付いたのは、モデルを始めてからだった。
友だちの冨田と一緒にモデルをすると言った時の継母の様子が気持ち悪かった。
「誰の。」
「名前は。」
「本当に藤村先生なの。」
ぞっとした。
目が、明日花を見ていながら、違うものを一緒に見ていた。
一応、保護者代わりとして、継母の承諾を得てから、モデルを始めた。
そして、驚いた。
亡くなった母が居た。
ちょうど明日花が産まれた頃の母の写真がこんな顔だった。
明日花はモデルをすることに、小遣い稼ぎとは別の楽しみを見出していた。
藤村先生の奥さんは、母とは違う人だった。
どこまでも夫の藤村先生をたてて、見守り、世話を焼いている。
いつも明日花が中心だった伊東家とは違った。
それでも静かな趣の奥さんは、明日花にとって心休まる対象だった。
けれど、藤村先生の家へ行く回数が増える毎に、違和感が募っていった。
何か頭がぼんやりする。
体の調子が悪い。
おかしいと思いながら、特に心当たりもないので、季節のせいだろうと放っておいた。
すると、日付を間違えた。
藤村先生の家に行く日を一日間違えたのだ。
何かがおかしい。
そう思いながら、気を遣ってくださった藤村先生のご厚意に甘えて、一日早いモデルをした。
日付を間違えたせいで、奥さんが不在だったのは、明日花にとって致命的だった。
ーーー次はちゃんと日付を確認しよう。
奥さんに会えず、肩を落としたままモデルを終えて、帰ろうとした時。
立ちくらみが起こる。
ぐらりと、体の感覚が一瞬無くなった。
気がつけば、藤村先生に支えられていた。
「大丈夫かい。」
「…すみません。ちょっと立ちくらみがして。」
「もう一度椅子に腰掛けた方が。」
明日花は何か体がおかしいと初めて思った。
その日は帰りがけに奥さんに会う事が出来た。その上、粉焼きまで貰えた。継母が嫌がるので、駄菓子のような食べ物を家に持ち帰ることが出来なかった。
広い家なのに、継母はいつも明日花の一挙一動を見張っていた。
制服姿で、店で買い食いをしていると学校に注意がいってしまう。
友だちの家の方がずっと気楽だった。
こそこそと駅で粉焼きを食べてから帰りの電車に乗り、最寄り駅からの帰宅の途中。
また、立ちくらみの時と同じように、体の感覚が無くなった。
歩いている途中にこれはおかしい。
明日花はすっと背筋が凍った。
目の前には、車が。
足の骨を折った。
それだけで済んだのは僥倖だったと医者に言われた。




