第十話 女たちの夕餉 1
干していた梅を縁側に仕舞い、蚊取り線香を焚き始めた黄昏時。
早苗は襷掛けした上で、前掛けを締めて、枝付きのままの枝豆を一束持ったまま、遠い目をして土間に立っていた。
七輪に屈むのは、空色のワンピースに早苗の割烹着を羽織った珠代。その横でカマドにかけた油鍋をひたすらぐるぐると、菜箸で掻き回しているのは豊子だ。
なぜ、帰らない。
早苗は稔たちが出掛けた後に、珠代と豊子も一緒に帰るのだろうとたかを括っていた。
ところが、珠代は迎えに来た運転手に、
「夕飯をいただいてからになったわ。」
と、誘ってもいないのに答えた。
それを聞いた豊子が、
「じゃあ、アタシも。」
と加わり、炊事が始まった。
珠代が魚は食べない方がいいと言い出したが、元々出すつもりが無い。
ジャガイモと粉食で帰そうと早苗は思っていた。
だが、食材を用意し始めてすぐに、珠代が割烹着を貸して欲しいと言い出し、取りに行って戻ってくると、炊事の段取りが始まっていた。
珠代はジャガイモの皮を剥いて薄く輪切りにすると、油で揚げるように豊子へ指示を出す。
早苗が呆気にとられていると、茄子も素揚げにすると言い出した。
「ああ、久間木さんから先日枝豆をいただきましたわ。早苗さん、ちょっと貰って来てくださらない?」
その上、厚かましくも早苗に貰いに行けと言い出した。
精一杯の言葉と表情で早苗が断りを入れるが、珠代に押し切られた。
結局、早苗は久間木に断ってから、枝豆を畑から抜いて持って帰って来る。
畑の土がついたまま、早苗が持って来ると、枝豆の実を外せ、お湯を沸かせ、と矢継ぎ早に珠代の命が下る。もう早苗は考えることも止め、素直に動くことにした。
気がつけば、辺りはとっぷりと暮れており、電灯に虫が寄ってくる。
ちゃぶ台の上には、ジャガイモと茄子を揚げたものに、薄く焼いたパンケーキ、久間木から貰った採れたての枝豆が並んでいた。
揚げ物と枝豆には、軽く塩を振り、パンケーキには薄く切ったきゅうりとマヨネーズが添えるように載せられている。
早苗は仏様に供える心持ちで、井戸水で冷やした麦茶を薬缶ごと居間に運んだ。
「ジャガイモを薄く切って揚げるんですね。美味しそう!」
「ポンム・ド・テール・チップというものよ。ジャガイモが採れる今にはちょうどいいわ。」
くふくふと笑いながら、二人の女が食べ始めていた。
「早苗さんのお料理も美味しいけど、アタシにも作れる料理で良かったです。いつもご馳走になってばかりで、申し訳ないなって思ってて。」
それなら、すぐに帰って欲しいが、そういう考えは豊子には無い。
早苗もいい加減、諦め始めた。
「こんなに油を使わなくても良かったのではないでしょうか。」
「あら、日本食は油が足りないのよ。少しは食べた方がいいわ。大丈夫よ。今度、使った分以上の精製油を差し上げますわ。」
「うわぁ、枝豆美味しい!茹で過ぎにならなかった。珠代さんのおかげね!」
いつの間にか、下の名前を呼ぶほど親しくなったのか。
はぁ、と、ため息が出る。
「麦茶、どうぞ。喉につまりますよ。」




