第百三話 咲き誇る花に蜂 4
稔の容姿を利用して、画集の発売と合わせて展示会が始まる。
小さいながらも銀座の路面にある一階の画廊で二週間開催される。
季節は若葉の頃。
外出に向いた時候に、銀座の画廊で見目の良い画家が展示会をする。
多少の金と時間がある女性ならば、行ってみたいと思うだろう。
画廊には画家本人が毎日在廊している。
直接見ることも出来れば、話すこともできる。夫が一緒でも何の疾しいことは無い。
その上、展示されている絵は男に向けた色を含んだ娘たち。妻に連れられて行ったのだからと、理由も充分にある。
絵を眺めて気に入れば、その場で買うことも出来るが、原画よりも安い値段で画集を買うことも出来る。
なんなら、後で本屋で買ってもいい。
出版社の画集担当チームがあれこれと稔の画集を売る為に策を練った。
その結果をこれから確認することになり、稔の絵を運ぶ役が多かった竹中は、展示会初日から興奮を隠せなかった。
「画廊ってただの部屋だと思ってたんですが、そこに藤村先生の絵が飾られていくと、まったく違う場所みたいですね!」
前日の搬入作業まで、稔も一緒になって手伝っていたが、連日の疲労も重なったのか、竹中の感情の昂ぶりは、初めて稔と会ったかのように激しかった。
この日の為に用意したという三揃いの背広を着た竹中は、稔の手をとらんばかりに、熱心に褒めそやした。
「僕の妹がここまで綺麗に描かれるとは、すごいなぁ、と思っていたんですが。全部並べて観ていくと、藤村先生の絵の素晴らしさがよくわかります!」
「うん、竹中くん、ありがとう。でも、そろそろお客様が入るから、落ち着こうか。」
「はい!画集も売っていきましょうね!」
「うん、うん、そうだね。」
稔相手では落ち着かないとみて、冨田に頭を叩かれた後、控えの部屋から出されて、そのまま裏口の方へ連れていかれた。
早苗は初日だけ、妻として展示会に顔を出す為に稔と一緒に来たが、明日からは来ない。
今日も関係者に挨拶はするが、裏方に徹するつもりだった。
「ねぇ、稔さん。お客様がたくさん来て、色んな女の人が来ると思うけど。」
「はははっ。大丈夫だよ。誰が来ても早苗には敵わないから。」
「もう、簡単に言うんだから。」
早苗が稔の羽織の襟を触って直す。
「それより、奥さんこそ、知らない男の人に声を掛けられてもついて行っちゃダメだよ。」
「誰も声を掛けて来ないわよ。」
早苗は呆れたように稔を見るが、真剣な眼差しの稔に体が固まった。
「早苗、いつも苦労をかけてばかりですまない。でも、ありがとう。ここで少しでも稼いで、早苗にもっと楽をさせてやりたいんだ。」
早苗は顔を横に振る。
「いいえ、充分よ。わたしには稔さんが居れば、それでいいの。お金なんて生きていける分だけあれば、それでいいの。」
「それでも、俺は早苗にいい着物を着せてやりたいし、もっといい所に住まわせてやりたいんだ。」
「いいの。稔さんが」
ーーーわたしだけの稔さんでいてくれれば。
それを早苗が口にする前に、稔は早苗の口を塞いだ。
互いの唇の柔らかさを確かめると、ふたりは離れた。
「早苗、愛しているよ。」
稔は早苗を抱きしめると、展示会場の方へと出て行った。




