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第九話 豊子という女 3



 夏の日の午後に、ちゃぶ台を真ん中に置いて、女三人が座る。


 姦しいという文字に相応しいが、早苗は黙ったままだ。


 それに構わず、豊子と珠代が話し続けている。


「ずいぶん、思い切って髪を切られたのね。でも、豊子さんにはお似合いだわ。目が大きくて、くりっとしているから、可愛らしいわ。」


 それは、マスカラのせいでは。


「田代さんはそのままの方がいいですね!髪を切って頭が軽くなっていいんですけど、映画を観ていない男の人にはイマイチ受けが悪くて。」


 元々の中身が軽いのに。


「殿方は長い髪の女性を好まれるのでしょうねぇ。それでも若い方だから可愛らしいのですわ。私のようなおばあちゃんには、真似が出来ませんわ。」


 空色のワンピースを着て。よく言えるものだ。


「そんな、田代(たしろ)さんはお若いし、きれいですよ!」


 宮田豊子(みやたとよこ)と名前を聞いてから、珠代がでっち上げた苗字の"田代"が連呼されて、早苗は更に不機嫌になった。


 宮田の田に、珠代の代。


 田代の出来上がりだ。


田代珠代(たしろたまよ)と申します。』


 そう言った時の珠代の顔が、早苗の方を見て確信犯めいた笑みをしていて、目障りだった。


 放っておいてくれればいいものを珠代といい、豊子といい、どうして早苗に構ってくるのか。


 稔に纏わりつく女たちと違った意味で厄介だった。






 稔と稲川の話が終わったのか、ようやく早苗へ声が掛かった。


「これから清次と呑みに行ってくる。それほど遅くはならないよ。早苗も行くかい?」


 いつもなら「喜んで」付いて行くが、生憎(あいにく)梅干しの土用干しの最中だ。まだ日影に入れるには早い。


「ごめんなさい。梅がまだ。わたしは家に居ますね。」


「そうか、まだ一日目だものな。早苗の梅干しは美味しいからな。残念だが、仕方ない。」


「あまり呑みすぎて稲川さんにご迷惑をお掛けしないで下さいよ。呑み足りないなら、帰ってから呑んで下さい。」


「あぁ、そうだな。ほどほどに呑んでくるよ。」


 早苗がいつも通りに稔と話していると、横から稲川が割り込み、話し掛けてくる。


「いつもながら、仲睦まじいなぁ。独り身のオレには目の毒だよ。」


「あら、稲川さんならお相手なんてすぐに見つかるでしょうに。」


「いや、早苗さん、世の中に男と女がいても、そう上手くいくもんじゃないんだよ。

 四十近いのに女に囲まれる稔が羨ましいよ。」


 かかか、と垂れ目をさらに下げて悪気なく笑う稲川に、早苗は稔が女に囲まれるとはどういうことかと問い詰めたいと思った。


「毎日、色々な女を描いているだろう?オレも女に囲まれたいよ。」


 早苗が肩の力を抜くと、それを見抜いていたのか珠代がちょっかいを出してくる。


「あら、早苗さんがおりますもの。他の女は要りませんわ。ねぇ、藤村先生?」


「ははは、まぁ、そうですね。」


「それよりも、豊子さんとはいい仲でありませんの?今日、一緒に来られたそうですが。」


 珠代は何をしたいのか。


 今度は豊子にちょっかいをかけ始めた。


 しかし、豊子は珠代の思惑に気が付かないままに、


「え、稲川さんと?無いですよぉ。」


と言って顔の前で軽く手を振っていた。


 それを見ながら、寂しそうに笑う稲川の顔があった。










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― 新着の感想 ―
[一言] >それを見ながら、寂しそうに笑う稲川の顔があった。 あっ……(察し)。
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