05 新しい学校
初めての登校日。昇降口をくぐった瞬間、なんだか空気が少し違った。廊下の向こうから聞こえてくる靴の音や、教室から漏れてくる声。全部が新しくて、心臓が少し速くなる。
教室の前で深呼吸をした。先生がドアを開けた。案内されて前に立つと、みんなの視線が一気に集まったのがわかった。そりゃ転校生だもんな。
教室の後ろを見て、僕は固まった。一人、剣道着を着て竹刀袋を机の横に立てかけてる子がいる。
なんで?と思って先生に小さな声で聞くと、朝練のあと着替える時間がなくてそのまま来ることもあるって。
そんなことあるんだ。前の学校でサッカー部だったけど、朝練なんてほとんどなかったし、ユニフォームのまま授業を受けるなんて考えたこともなかった。
でも剣道着って、ちょっとかっこよく見えていいなって思う。
休み時間になって、うんって伸びをしていたら、隣の席の女の子が声をかけてきた。
「山本くんっていうんだ。なんとなく都会っぽい」
そう言ったのは黒川美鈴って名前で、髪が肩に少しかかってて目がきらきらしてる子だった。
「え、そうかな」って僕が聞き返すと、黒川さんは頷いた。
「凄く目立つし、変わってるし、おじいちゃんのことを名前で呼ぶ所なんか」
僕は少し言葉に詰まった。どう説明したらいいんだろう。
「えっと、血が繋がってるってことじゃないから」
「おじいさんが聖一郎さんでしょ?だから、なんでおじいさんって呼ばないの?」
僕は説明した。
「血が繋がってないのに、おばあさんって呼ばれるのが嫌だって光子さんが言ったから、光子さんって呼ぶことにしたんだ。そしたら聖一郎さんもそう呼んで欲しいって」
「えー面白いね!えっ?血は繋がってないの?」
「繋がってないよ。何て言ったらいいのかな」
口の中で言葉を転がすけど、どう話していいかわからなかった。それに、ペラペラ全部しゃべっていいのか、聖一郎さんは嫌がらないかなとか。とか思ったんだ。
「ふーん、複雑なのかな?」って美鈴ちゃんが笑った。
「どうかなぁ」僕も小さく笑った。それから、気になることを聞いてみた。
「剣道部って練習いっぱいするの?」
「そうね。大事なことだから」
大事?って思ったけど僕は黙っていた。
「大事なことだから、熱心ね。特に彼、神宮寺君は・・・」
「神宮寺って苗字なのか・・・」
「うん、古いお家柄よ」
詳しく聞きたいと思ったけど、次の授業の時間だった。
放課後、部活動を見に行った。
サッカー部に入ってたから、こっちでもサッカーを続けたい気持ちはあるけど、剣道も弓道も聖一郎さんにちょっと教わってるし、どうしようって思っている。
とりあえずグラウンドに出てサッカー部を見てみた。
校庭に出ると、ユニフォームを着た部員たちがボールを回していた。
ドリブルもパスも、皆すごく上手くて、声もよく出ていて、見ているだけで胸が熱くなった。
ただボールを追いかけて笑ってる僕たちとは、やっていることが全然違う。
その隣ではバレー部が練習していて、ネット際のスパイクがバンッて音を立てて決まるたびに、後ろから見ている僕まで背筋が伸びた。
「なんか、皆、上手いな」
小さく呟いたら、横にいた顧問の先生がこう言った。
「山本は東京から来たんだったな。この町、雫野原市は勉強も運動も水準が高いんだ。はっきり行って東京の学校に負けてないよ。この学校だと楽なんて思うなよ」
まるで、僕が田舎の学校を馬鹿にしているような言い方だ。正直、少しドキッとした。馬鹿にしてないけど、田舎だと楽かなとは思ったよ。
剣道場では、あの朝教室に剣道着でいた子がいた。確か神宮寺って苗字。凄く似合ってる。苗字と彼が・・・
始めたばかりの僕は凄さがあまりわからないが、竹刀のスピードが他の人より速かった。
帰り道、靴箱の前で一人で考えた。
サッカーをこの町でやっていくのは簡単じゃないかもしれない。
けど、僕が東京でやってきたことをここでも続けたら、何か繋がる気がする。
弓道や剣道も続けないと聖一郎さんに悪いような気がする。だってほら、僕は居候だし・・・興味がないわけじゃないから、困る。
さっきの先生の言葉じゃないけど、この学校勉強もすごいんだ。だってさ、英語の授業が英語だったんだ。一応英語は子供の頃から習ってるし、それなりの私立の進学校にいたんだ。大丈夫だったけど・・・この山の中の町でだよ・・・なんなんだよ。
それから、僕は急ぎ足で家に戻った。予習やっておかないと明日の授業が大丈夫じゃなくなる。
僕は夕食を急いで食べると部屋に戻って勉強した。今日は歴史のことを考える時間はなかった。
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