表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この町ってなんなんだ!  作者: 朝山 みどり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

02 三千院を訪ねる

 三千院の家に婚約の挨拶に行く日、高志郎さんが車で迎えに来た。運転席に座っているのを見て、僕はちょっとだけ息を呑んだ。

 左手の肘から先がない高志郎さんが、何事もない顔で車を発進させた。左手に取手がつけられてそれでギアを入れている。

 ハンドルも片手で回せるようになっている。


「この車、特別なんだよ」

 バックミラー越しに高志郎さんが笑った。

 その優しい声を聞くと、僕の胸は少し落ち着く。

「左手がないくらいはどうってことないんだよ」

「すごい」

 本当に、それしか言えなかった。

 障害があっても普通に生活している人がいることは知っている。

 でも、それは画面の中。誰かの話題の中。実際、その人が運転する車に乗るなんて想像もしなかった。

 母さんは横で小さく笑っている。

 母さんのその笑顔を、僕はまだちゃんと信じ切れていない気がする。

 それでも、あの穏やかな横顔は、なんだかまぶしかった。



 峠で車を止めて町を見下ろした。曇った空と、遠くの木立が黒く沈んでいる。

 町は暗く見えた。山間の町ってああ言う風に見えるんだ。そして、首の後ろがチリッとした。

 誰かいるのかな?と振り返ってみたけど誰もいない。当たり前だよね。こんな所で・・・


 その町に近づくに連れて、僕の心に不安が広がった。不安って大げさな言い方だな。心配になって来た。僕はちゃんと挨拶が出来るだろうか?

 遠くの奥の方大きな屋根が見えた。それが三千院と聞いて映画のセットみたいだと思った。そしたら、今度はどうしようもなくわくわくしてしまった。

「ここだ」

 高志郎さんの声に合わせて、車は大きな石の門をくぐった。

 くぐってからも、走り続けた!! 本気(まじ)?石畳がずっと続いている。

 屋根の形も、深い軒先も、どこもかしこも昔の時代劇みたいだった。

 庭に車で入ったよ!


「ほよーー」と声が出た。

 母さんも小さく笑って

「航平、失礼のないようにね」って言ったけど、僕の頭はもう昔の人たちのことでいっぱいだった。

 ここを着物を着た武士が歩いて、縁側で碁を打って、庭を眺めていたかもしれない。

 どこを見ても面白くて、見足りなかった。

 そんな顔をしていた僕の背中を、高志郎さんがポンと叩いてくれた。


「いい家だろう」

「うん!」

 僕は夢中で頷いた。



 茶室に通されたときも、僕はずっとそわそわしていた。

 畳の匂い、庭の苔、細い柱、全部が昔の物語の中にいるみたいだった。

 密談する場所だよね・・・


 お祖父さん?の聖一郎さんも、お祖母さん?の光子さんもきちんと着物で迎えてくれて、母さんはスーツの皺を気にしていた。

 高志郎さんは横で静かに笑っていた。

 でもお茶をいただくとき、僕は問題にぶつかった。


 正座が、思ったよりきつい。

 お菓子はすごく甘くて美味しくて、口の中は幸せなのに、足がどんどん痺れていく。


「では、応接間に行こうか」

 高志郎さんの声に、僕は立とうとしたけど、立てなかった。

「あ?あれ?」

 右足がまったく動かない。

 僕は半分這うみたいになって、お祖父さんの前に進んだ。

 聖一郎さんの目尻がほんの少し下がって、光子さんが「まあまあ」と笑っている。


「ゆっくりでいいのよ。足が治るまで、そのままで」

「はい・・・」



 結婚の許しは、思っていたよりずっと簡単に出た。

 高志郎さんと母さんのことを、お祖父さんもお祖母さんも静かにうなずいてくれた。

 余計なことは何も言わなくて、僕には「頼むぞ」とだけ言った。

 何を頼まれているのか、僕にはまだよく分からなかったけど、背筋を伸ばして頷いている母さんを見ていたら、僕も自然と背筋が伸びた。

 足はまだ痺れていたけど。



 帰りの車に乗り込んだ途端、眠くなった。

 大きな屋根、苔の庭、畳の匂い、甘いお菓子。

 全部が夢みたいで、門を出たころにはもう瞼が落ちてきた。

 母さんの「もう寝ちゃったの?」って声が遠くに聞こえた。

 高志郎さんが運転する車は、行きのときと同じで穏やかに揺れていた。


 目を覚ましたときには、家に着いているな。最後にそう思った。

いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ