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美形貴族の中からダーツで夫を選んだ悪女です ~私と夫の一年戦争~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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そして、冬は終わる


 ――ヨーク橋からのダイブから、三日後のこと。


 クリスティが書斎にいると、ウィリアムが入って来た。彼は青白い顔をしていた。


「――クリスティ、話がある」


 クリスティは眉根を寄せ、不安そうに彼を見遣った。しかし彼女はすぐに何気ない顔を取り繕い、彼に尋ねた。


「一体、どうしたっていうの?」


「良い知らせと、悪い知らせがある。どちらからいく?」


「じゃあ、良い知らせから」


「カーラを拘束した」


「やったぁ!」


 クリスティはその場でクルリと回転した。バレリーナのターンのように、片足を軸にした、綺麗な回転だった。


 ウィリアムは非常事態ということも忘れ、一瞬、それに見惚れてしまった。


「今夜はお祝いね! 一緒のベッドに寝てあげる。嬉しいでしょう?」


 『カーラが切り札を持っているあいだは』ということで、クリスティたちはもしもの事態を想定し、寝室を別にしていた。そのため二人はまだちゃんと夫婦になっていなかった。


「とりあえず、悪いニュースのほうも聞いてくれ」


「ああ、そうだったわね。何?」


「カーラが、君の書いた届を提出した。拘束される前に」


「え!」


「――落ち着いてくれ、クリスティ。大丈夫だから」


「大丈夫じゃないわ! 大変! 私、国外へ脱出するわ」


 クリスティが書斎を出ようとするので、ウィリアムは彼女を抱き留めねばならなかった。


「待て、待て、どこにもやらんぞ」


「でも私、あなたと添い遂げるのは、もうこれで不可能よ。当国は一度離婚した夫婦は、もう元には戻れないんだもの。チャリス教皇が退陣したおかげで、不貞行為で縛り首になることはないけれど、私はあなたの奥さんではいられない。それに身持ちの悪い女として、貴族社会で笑い者にされるわ」


「それがその……僕らはそもそも、夫婦ではない。――君の名前は現状『クリスティ・クォーリア』であり、あの書類は『クリスティ・ウィンタース』でサインしているので、虚偽の内容であるのは明らかだ。世間にも、『カーラに脅されて無理矢理サインさせられた』と主張できる」


「は、あの……なんですって?」


「僕らは赤の他人なんだ」


「え? でも――ちゃんと結婚式を挙げたわ!」


「そう。式を挙げただけ」


「そんな……」


「神父の前で、結婚証明書にサインしただろう?」


「ええ」


「あれを国の専門機関に提出して、初めて夫婦として受理される。――あの届は僕が保管していて、現状、まだ提出されていないんだ」


 クリスティはウィリアムに腰を抱かれたまま、ほんの少し前まで『夫』だと思っていた人の顔を見つめた。端正な面差しは、いかにも誠実そうで、嘘などつくはずもないように見える。ところが、だ。


 クリスティは『夫がずっと一線を越えようとしなかった理由は、これだったのか』とやっと理解することができた。――ウィリアムは堅物ゆえ、未婚の令嬢と体を繋げることが、どうしてもできなかったのだ!


 クリスティの顔付きが凶悪になっていく。ウィリアムは狼が牙を剥いたみたいだ、と考えていた。


「私を騙したのね!」


「悪かった、クリスティ」


「どうしてそんなことをしたのよ」


「リン・ミッチャムに心奪われ、婚約破棄を迫った男――君にはそんなふうに、軽薄な人間だと思われていた。でも真実を告げることはできなかった。僕は秘密保持契約書にサインしていたから、一年間は、秘密を守る義務があったんだ」


「だからなんなの? それが届を出さなかった言い訳にはならない」


「――君は僕を絶対に許さないと思ったからだよ!」


 ウィリアムは腹を立てていたし、混乱していたし、クリスティの情けに縋ろうともしていた。語調は強いくせに、彼の瞳には弱り切った懇願の色があった。


「あなたはそんなふうに怒れる立場にないですからね!」


「分かっている! でも僕は、君から一年以内に離婚を突きつけられると想定していたんだ。そうされても、こちらは秘密保持契約のせいで事情を説明できないし、君を思い留まらせることもできそうにない。この国では一度離婚したら、もう復縁はできない決まりだ。だから――」


「だから届を出さなかったの? とにかく――あなたは馬鹿よ! 馬鹿だし、大嘘つきだし、史上最低の詐欺師よ!」


 クリスティは怒り狂い、本棚から本を薙ぎ倒した。それからウィリアムの胸倉を掴み、タイを剥ぎ取る。


 彼はクリスティの腰を抱いたまま、彼女のドレスのリボンを解いた。


「確かに僕は大噓つきの詐欺師だよ、だったらどうする?」


「開き直るの?」


 クリスティは彼のカフスボタンを外した。二人はダンスでもしているように、もつれ、回るように移動していく。


 ウィリアムは書棚にクリスティを押し付け、近い距離で、彼女のヘーゼルの瞳を見つめた。


「……君だって、ひどいことをした」


「何よ、記憶にない」


「思い出の栞を捨てただろう。僕のことを、もういらないというように」


「どうして、それ――」


「メイドが栞を拾って、僕に届けて来た。……奥様が大切にしていらしたものだから、と」


「じゃあ、あなた、あれを持っているの?」


「そうだ」


「女々しいわ」


「どうせ」


「そんなふうに点数稼ぎをしようとしても、だめよ。私、あなたを許しませんからね」


「じゃあ、どうする?」


「――こうしてやるわ」


 クリスティは微かに口角を上げ、自分から彼にキスをした。触れ合いは次第に熱を帯び、止まらなくなる。


 ウィリアムはすぐに夢中になった。そしてそれはクリスティも同じだった。




:::⁑:::⁑:::⁑:::⁑:::⁑:::


 ――これでどうやら、私たちの一年戦争も終わりみたいよ。


 え? これじゃ和解したのかどうか、微妙ですって? まぁ、そうかもしれないわね。でもね。


 あとはもう仲良く喧嘩しな、ってやつなのよ。


 私たちそれは得意なの。――だって一年ものあいだ、そんなことばかりずっと繰り返してきたんですから!


:::⁑:::⁑:::⁑:::⁑:::⁑:::





 私と夫の一年戦争(終)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後がいかにもハリウッドのラブコメミステリーはかのように終わります!のお手本みたいな流れなのが最高でした! 踊りながら互いの服をむしり取っていくところ、絵が見えます…!!音も聞こえそう。 …
[良い点] ぶん投げたナイフを見事肉に命中させた場面が、クリスティがダーツの達人であったことの伏線だったなんて! 結婚相手をダーツで決めるシーンのとんでもなさに惹き込まれて読んでいたので、見事に騙さ…
[良い点] サイコーにワクワクした胸きゅんのお話でした!! クリスティの独創的だけど的を得ている思考回路がとっても魅力的で、どんどん惹き込まれました! 祖父の事もあり、最初からウィリアムに惹かれてた…
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