曇り男さん
ウィリアムはこのところ忙しそうだった。ある夜、遅く帰って来た彼が、湯あみをしてベッドに入ったあとでこう言った。
「……明日、リン・ミッチャムと顔を会わせる。彼女の婚約者であるクライヴ氏も同席するから、二人きりじゃない」
「そう」
クリスティはうつ伏せの状態になり、枕の上で頬杖を突いた。――彼のほうを流し見ると、ウィリアムはクリスティのほうを向いて横向きになっていた。
ウィリアムの瞳は静かで穏やかであったけれど、青灰のグレー部分が今日は強く出ていて、曇り模様に見えた。
クリスティは手を伸ばし、彼の瞳の上にそっと乗せた。
「曇りのち晴れと、曇りのち雨……どちらがいい?」
尋ねると、ウィリアムの口角が微かに上がる。
彼は自身の手を持ち上げ、クリスティの手に重ねた。そのまま目元から引きはがすつもりなのかと思ったら、彼は手を重ねたまま、しばらくのあいだじっとしていた。
「どうして空模様のことなんか言い出したんだ?」
「あなたの瞳が曇り空みたいに見えたから」
「そうか……だけど君の瞳の輝きを追って行ったら、晴れた場所に出られそうだ」
クリスティの瞳は、大地の色、新芽の色、空の青が混ざり合っている。
それから煌めくようなゴールドも。これは元々彼女が持っていた色なのか、あるいは、近くにいるウィリアムの金色の髪を映し出しているのか。
「あなたは晴れた場所に出たいの?」
「……分からない」
「お馬鹿さんね」
「そうかもしれない」
ウィリアムが漏らした呟きは小さかった。
彼は弱っているのかしら、とクリスティは思った。それでなんだかとても、苦しくなって。彼を憎らしく思った。
誕生日に用意された素晴らしいケーキを、目の前でひっくり返されたような気分だった。――クリスティはただそれを眺めている。現実をコントロールできずに、ただ眺めているのだ。
そして実は、ウィリアムのほうだって同じなのかもしれなかった。彼にしか分からない、苦しみを抱えているのかも。
「……どうしてあなた、リンと会うことを私に言ったの?」
「言っておくべきだと思って」
「なぜ?」
「そのほうがフェアだから」
「あなたがフェアかどうかを語るなんて、馬鹿げているわ」
「まったくだ」
彼は今度こそクリスティの手をそっと剥がした。
「――もう寝よう。おやすみ、クリスティ」
「おやすみ、ウィリアム。明日はたぶん雨よ」
「そうか、残念だ」
「決めたわ、私は南国に行くことにする。本気よ? 晴れた国で一生暮らすの。――バイバイ、ウィリアム。曇り男さん」
「君はものすごく意地悪だ」
「そうかしら。とっても親切なのに。あなたは知ろうともしないの」
ウィリアムが灯りを消した。
暗くなった部屋に耐えきれず、クリスティは掛布団を頭の上まで引っ張り上げた。――私、本気で南国に行ってやるわ、そんなことを思いながら。
けれど明日になったらたぶん、行く気も失せているのだ。だっていつもこんなことの繰り返しなのだから。




