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美形貴族の中からダーツで夫を選んだ悪女です ~私と夫の一年戦争~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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花とイヤリング


 ――朝。


 ウィリアムはクリスティに抱き着かれた状態で目覚めた。互いの体が知恵の輪みたいに複雑に絡み合っている。彼女の左足がウィリアムの左足に巻き付き、腕は首のほうに回されていた。中間にあったはずのクッションや枕は、一部は弾き落とされ、一部はまだ残っていた。


 ウィリアムは解脱げだつしたかのような凪いだ表情を浮かべ、じっとしていたのだが、やがて身じろぎすると、クリスティの腕を剥がしにかかった。


 柔らかなフルーツ――桃か何かに触れる時のような、おっかなびっくりの手付きで、そっと。


 ベッドを下り、彼女が弾き落としたクッションを拾い上げる。――そこでふと、ベッドサイドテーブルの引き出しが半分開いているのに気付いた。


 そういえば昨夜彼女は自分の枕と一緒に、本を持ち込んでいたようだ。枕で隠すようにして、ウィリアムに見られないように、引き出しにしまっていた。彼女らしくないコソコソした態度だったから、なんとなく違和感を覚えたのだ。


 よく分からないが、朝、ウィリアムがいなくなってから、ベッドでごろごろしながら読むつもりだったのだろうか。


 引き出しを閉めようとして、なんとなく気になり、取手を引く。――入っていたのは、先日ウィリアムが音読した、例の詩集だった。


 ウィリアムはチラリとクリスティのほうに視線を遣った。この位置からだと、横を向いて寝ている彼女の顔は見えなかった。ダークブロンドの美しい豪奢な髪が朝日を反射して輝いている。


 本をそっと引き出し、めくる。途中に栞が挟まっていた。とても珍しい栞だった。薄いガラスプレートで、押し花をサンドしてある。中に閉じ込められているのは、ピンクの可憐な花。細い花弁がいくつも折り重なり、放射状に広がっている。


 栞の下部には日付が刻印されていた。その日付にウィリアムは心当たりがあった。婚約後、彼が初めて彼女に会いに行った、あの日だ。


『この花はとっても素敵ね!』彼女はそう言った。


 この押し花は、あの時ウィリアムが持参した、あの安物の――……


 ――クリスティが目覚めた時、ベッドの半分は空になっていて、境界線のクッション類は綺麗に縦列の状態を保っていた。


 クリスティは元気に飛び起き、


「とっても気持ちの良い朝ね!」


 とベッドの上で伸びをしたのだった。



***



 ウィリアムはちゃんと約束を守った。クリスティはプレゼントされたベルベットケースを眺めおろしながら、


「罠……?」


 と少々失礼な呟きを漏らした。


 ケースを開けてみると、エメラルドのイヤリングが入っている。とても美しい。石は透明度が高く、最高級品であることが一目見て分かった。細工も丁寧で、繊細。デザインもクリスティ好みだ。


 ――デザートを楽しんでいた時にこれを渡されたのだが、クリスティはびっくりし過ぎて、苺のソルベをほったらかしにしてしまったほどだった。


 チラリと彼を見ると、視線が絡む。ウィリアムは得意になってもいなかったし、かといって、『高い買い物になったよ』と苛立っているふうでもなかった。真顔にも見えたし、淡く笑んでいるようにも見えた。


「ありがとうは?」


 彼が問う。それはいつものような遠慮のない口調だった。


「……ありがとう」


 クリスティは俯き、小さな声でお礼を言った。――もう一度イヤリングを見おろす。


 なんて素敵なのかしら。


 頬が緩みそうになり、慌てて自制したのだけれど、成功したかどうか……。


 クリスティは黙り込み、ケースを閉じて、ソルベを食べ始めた。彼のほうは見ないようにした。どうしていいか分からなかったからだ。



***



 数日後、大きな夜会があった。


 ドレスアップしたクリスティをエスコートしながら、ウィリアムが尋ねる。


「なぜあのイヤリングをしない?」


「私、安物はつけない主義なのよ」


 クリスティはツンとした態度で、可愛くないことを言った。――安物どころか、だ。クリスティは物の価値をよく知っていたので、あのイヤリングが相当な代物であることはちゃんと理解していた。


 それなのにどういう訳か、ウィリアムに感謝を伝えることができなかった。


 ――実はクリスティ、あれからサロンやテラスなどで、テーブルに頬杖を突き、エメラルドのイヤリングをうっとりと眺めおろしてはニコニコしていたのだが、彼女は注意散漫になっていたために、通りかかったウィリアムにその様子を見られていたことを、まったく知らずにいたのだ。


 ウィリアムが小首を傾げる。


「君なら、安物でも見事に着けこなせるのかと思っていた。買いかぶりだったかな」


「知らないわ」


 クリスティは頬を赤らめ、彼の胸を軽く叩いた。


 二人は喧嘩しながら馬車に乗り込んだ。




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