驚愕と納得
ビュルルルッフ……!!
そんな音を出しながら、突如オボロに巻き付いていた巨大ミミズが彼女を放り出したかと思うと、苦しそうにのたうち回り始める。
「キャッ!……痛たたた~、一体何なのよもう……!!」
地面に投げ出されるも同然の形となったオボロだが、尻もちをつきながらも何とか受け身は無事に取れていたらしい。
対して、オボロから離れた線引きミミズは、盛大に暴れまわっているのだがどうにも様子がおかしい。
見れば、HPバーの横の状態異常の項目に【毒】と【混乱】と表示されているけど……これって、どう見てもオボロの【瘴気術】によるものだよな?
「いや、それはおかしい……この大森林に生きる存在は、神獣であるマヤウェルの【加護】によって、状態異常にならないはずじゃなかったのか?」
そこまで考えてから、俺はヘンゼルさんが言っていた事を思い出す。
『“瘴気術”……あぁ、確かオボロちゃんが僕との戦闘で使用していたあのスキルだね。アレは相手を状態異常にする効果のようだけど……“獣人”に限らず、“エルフ”も含めたこのシスタイガーの異種族達は、状態異常に全くかからないと思っていた方が良いかもしれないね』
そうして、ヘンゼルさんが語ってくれたのは、この大森林に生きる異種族達と神獣という存在の関わり方や、加護というものの成り立ちについてだった。
……つまり、“異種族”ではない野生の“魔物”にまでは神獣の加護とやらも及んでいない、という事なんだろうか?
現に敵は、オボロの【瘴気術】を受けてから状態異常になっているわけだし、それは間違いないんだろう。
「オボロの【瘴気術】って、基本は相手を毒状態にしてから、それまでに相手が過去にかかった事のある状態異常を引き起こす効果のはず……だとするなら、この“混乱”っていう効果は、一体?」
例え分裂していても、不愉快に思う線引きのラインは個体ごとに異なるはずなのに、状態異常の経歴はキチンと前の個体から引き継ぐ、という事だろうか?
状況を整理するために、そう一人呟く俺に、土ぼこりを払いながら立ち上がったオボロが、ミミズの方を見て不機嫌そうな表情をしながら答える。
「この魔物って、自分の思い通りにならないと分裂して暴れまわる“くれーまー”ってヤツなんでしょ?だったら、アタシの手痛い反撃で怒り狂った結果、自分が何をしているのか分からなくなっただけじゃないの?」
「……あぁ~、確かにクレーマーってのは、自分より弱い奴にしか強気に出れないって聞くもんな。余裕で勝てると思ったはずのオボロから予想もしていなかった状態異常にさせられて、思いっきり冷静さをなくしてんのか……」
なるほど、【瘴気術】で掘り起こされた状態異常ではなく、【瘴気術】を受けたことで引き起こされた状態異常って事か。
現に巨大ミミズは、自滅ともいえる形で更なる状態異常を引き起こし、毒のダメージと混乱によって分裂行動も選べぬまま、自傷行為で勝手にHPを減らしていく。
毒が全身に回ったのと、地面に身体をぶつけまくった巨大ミミズは、少し痙攣してからついに戦闘不能となった。
「なんもしてない間に、勝手に敵が倒れたぞ!!――あとは、キキーモラさんの方も早く……!?」
でなければ、キキーモラさんがミミズ野郎によって、あられもない姿をさらしながら、辱めを受けることになる――!!
そう言いながら、慌ててキキーモラさんの方に視線を向けた俺だったが、そこでまたも信じられない光景に直面することとなる……!!
「は、はぅあッ!?」
俺の眼前で繰り広げられていた光景、それは――。
「……(ムグムグ)」
「……(ゴクリ)
そこにいたのは、キキーモラさんにまとわりついていた巨大ミミズらしきものを丸呑みにしているフクロウ頭のマッチョと、衣服の乱れも直そうとせずにその食事風景を羨ましそうに見つめる爆乳メイドの姿があった。
……正直言うと今まで俺は、ヒサヒデの事を(実は、フクロウの被り物をしただけの変態マッチョじゃないの?)という疑いも心のどこかであった。
だが、こうして見せつけられると、嫌でもヒサヒデは鳥型の魔物だと認めざるを得なくなってくる。
でもって、キキーモラさん……!!
まだ艶めかしい恰好のままなんだけど、今まで淑女然とした貴女がヨダレ垂らすとかよっぽどですよね!?
え……?人間形態になってから、以前の面影が全くなかったから忘れてたけど、キキーモラさんも以前は鳥顔だっただけに、まさか、あぁいうのを“御馳走”と認識してるんですか!?
そんな感じで呆気に取られている間に、ヒサヒデが線引きミミズをついに丸呑みにしてしまった。
満足そうに腹を叩いて幸せそうな笑みを浮かべるヒサヒデ。
あれだけデカい食事をした以上は、同じ手は使えないだろうが、今はキキーモラさんという大事な仲間を救い出せただけで十分だ。
ヒサヒデを称賛してから、俺は残った線引きミミズの方へと振り返る。
最初の巨大ミミズは、この現状が大層不満らしく、すぐさま自身の身体を揺らして四体の分裂を繰り出してきた――!!
「オボロ!さっきの要領で【瘴気術】でアイツ等を一気に自滅させられないか!?」
そんな俺の問いかけに対して、オボロが険しい顔つきとともに難色を示す。
「はっきりとはいえないけど、さっきみたいに相手を調子づかせてからの手痛い反撃ってパターンじゃないから、“くれーまー”を怒り狂わせるほどの混乱状態にするのは難しいかもしれない!」
だから、とオボロは言葉を続ける。
「今【瘴気術】をアイツ等に放っても、毒状態にしかならないだろうし、そうしたら普通にまた分裂されてこっちが今以上に追い詰められちゃう!……さっきは運が良かったけど、今度こそアタシ達はオシマイかも!?」
最後らへんは、悲鳴ともいえる叫びとなっていた。
毒状態になった個体から分裂したミミズが、その状態異常を引き継ぐかどうかは分からない。
けれど、そんな事に関係なく、確かにオボロの言う通り、数の力で押しつぶされれば俺達が全滅する事は間違いないはずだ。
だが、オボロの発言を聞いた俺は、笑みさえ浮かべながら力強く一歩を踏み出す――!!
「――それなら、全く問題ないぜ。オボロ……!!他の誰でもない、俺になら奴等をなんとか出来るはずだッ!!」




