越えてはならぬ線引き
『ブライラ』から出発した俺達は、とりあえず俺達が最初にここへやってきたときの出口へと向かったのだが……。
「まぁ、やっぱりこれは聞いていた通りか……」
案の定、俺達は出口どころかこれまでのシスタイガー大森林の移動で一度も目にしたことのないジメジメした場所へと、迷い込んでいた。
現在俺達の前には、うねうねと身体をくねらせる人間大のサイズをしたミミズ型の魔物が、立ちはだかっている。
巨大ミミズはうねうね動きながらも、特にこちらを攻撃してくる要素はないのだが、俺達はコイツの外見から『ブライラ』にいたプレイヤー達から聞いた情報を思い出し、瞬時に警戒感を強める。
「コイツが、ロクロー達が言っていた“線引きミミズ”っていう魔物か……!?みんな、何がコイツの琴線に触れるか分からないから、言動には注意しろよ!!」
「そんなの分かってる、っての!……それにしても聞いてはいたけど改めて目にすると、デカいミミズとか本当にキモすぎでしょ!!」
「ッ!!オボロさん、俺の話聞いてた!?」
俺がそう叫んだ――次の瞬間である!!
……ビュルルルルッフ!!
そんな風切り音のようなものが聞こえたかと思うと、突如、巨大ミミズが盛大にのたうち回り始めたのと同時に、その身体からさらにいくつもの同じようなミミズが何体もぞろぞろと生えてきたのだ。
まさに分裂、としか言いようがない光景であり、現に一体だけだったはずのミミズは現在三体にまで増えていた。
これこそが、“線引きミミズ”という魔物が持つ特性であり、この魔物は普段は温厚だが、自身の線引きを越える行為をこちらがしてしまった場合、自身の身体を分裂させてから、数の力で押しつぶそうとしてくるのだ。
その基準と言うのも、個体によってさまざまであり、当然の如く攻撃されたら憤慨する個体もいれば、戦闘もせずに逃走を図ろうとすることに不快感を示す個体もいる。
酷いのになると、謝罪をすればさらに逆上する個体までいる始末。
分裂で生み出されたはずの個体ですら、そのままコピー状態とはいかずに、別々の基準で動いているらしく、この魔物が一度分裂を始めてしまったら、その個体がすべて満足できるまで際限なく十匹、百匹……それこそ千匹ほどにまで増殖していくという、あまりにも凄まじすぎる森のクレーマーとしか言いようがない存在であった。
分裂した“線引きミミズ”を満足させるには、最初にこの魔物を怒らせた人物だけでなく、その場に関わった者達がこの魔物によって全滅すれば、分裂は収まると言われているが……。
案の定、俺達は二体のミミズによって、逃げられないように回り込まれてしまった。
そのうちの一体が、事の発端となったオボロの手足に絡みついていく――!!
「ちょ、ちょっと!!アンタ、何してんのよ!……は、離せぇッ!!」
「オボロ様ッ……!!クッ、そして私の方にまで!?」
オボロだけでなく、キキーモラさんにまでもう一体のミミズが全身に纏わりついていく。
何故か原因であるオボロよりも、強い力でキキーモラさんは全身を縛り上げられており、「カハッ、クッ……!」という苦しそうな声を上げたり、もぞもぞと蠢くミミズの感触に耐えられなかったのか「……ッ!クゥン……」という押し殺そうとして逆に艶めかしくなった声を出していた。
すぐに助けなければならないはずだが、どういうわけか、俺はキキーモラさんの汗をかきながら赤らんだ頬や、巻きついたミミズによってさらに強調されることになった暴力的な彼女の胸元に視線が釘付けになってしまってロクに動くことが出来なくなっていた。
困惑する中、同じ状況になっているオボロから怒声が飛んでくる。
「コラー、馬鹿リューキ!!鼻の下を伸ばしながら、キキーモラさんの事をイヤらしい目で見てんじゃないわよ!!……って、違う違う!私もそういう目に遭いたいとか言ってるわけじゃなくて……!!」
声のする方を見てみれば、オボロに絡みついているミミズが、彼女の口元へと自身の頭部をゆっくりと近づけているところだった。
オボロの口から、体内へと侵入するつもりなのだろうか?
どういう意図があるのかは分からない行為だが、とんでもない絵面になる事だけは間違いない――!!
そんな風に、これまで以上に心臓が早鐘を打ち始める俺。
だが、そんな俺の予想を打ち破るように、怒気に顔を赤く染めたオボロが盛大に叫び出す――!!
「――いい加減にしろォォォォォォォォォッ!!このエロミミズッ!」
そう口にするや否や、オボロがスキル:【瘴気術】を発動させる――!!
オボロの身体から立ち込めた黒い靄のような瘴気が、自身に絡みつく巨大ミミズへと逆に纏わりついていく――。
……いや、でも、この大森林ではマヤウェルの“加護”がある以上、状態異常を引き起こすオボロの【瘴気術】は何の意味も為さないはず。
というか、オボロは妖怪という特殊な存在であるとはいえ、俺と同じ【プレイヤー】という存在である以上、もしもこのままミミズに絡みつかれる行為が“そういう行為”とこの世界に見做されたりすれば、光の粒子となって消えてしまうかもしれない。
流石にエチチッ!とか言っている場合でもなく、俺はオボロの命を助けるために慌てて彼女のもとへと駆け出していく――!!
「――今すぐに助けるぞ!オボロッ!!」
そう叫んだのと同時、俺の眼前で予期せぬ異変が起きようとしていた――。




