大森林に潜む脅威
"転倒者"のライカ率いる奇襲部隊を、なんとか退ける事に成功した俺達。
ひとまずの勝利を手にした俺達だったがそれを喜ぶ余裕もなく、今回の戦闘で命を落としたプレイヤー達の弔いや、負傷した者達の治療を行っていた。
最後にライカが繰り出してきた"シャドウ・ビースト"との戦闘で傷ついたプレイヤー達の治療に皆が取り掛かる中、【ミラクル☆ヒーリング】を使えるキキーモラさんは、今回の防衛戦でもっとも活躍した功労者のヘンゼルさんを担当していた。
だが、どうにも様子がおかしい。
キキーモラさんがどれだけ回復呪文を施しても、ヘンゼルさんの腹部の傷は塞がらず、HPもほぼ全く回復しているようには見えないのだ。
いくら俺達のパーティが低レベルだからとはいえ……これは一体、どういう事なんだ?
困惑する俺達を前に、現在一番キツいはずのヘンゼルさんが大した事はないと言わんばかりに気軽に告げる。
「“固有転技”というのは、僕達"転倒者"が自身の存在を賭けてまで使用するとっておきのスキルだからね。"プレイヤー"が使用するスキルや魔法と違って、“固有転技”によって受けたダメージや効果は、簡単に打ち消したり治癒する事が、出来ないようになっているのさ」
自身を存在させるための力を消費して放つ転倒者にとっての切り札:"“固有転技”"。
まさに、一発ごとが命を賭けたスキルなだけに、単純な威力などでは済まない凄まじい効果を秘めていた。
そんな事例を目の当たりにして、戦慄する俺達パーティ一行。
だが、当のヘンゼルさんは「いや、僕はまだ運が良かったよ」などと、笑みすら浮かべながら答える。
「確かに、僕のこのお腹の傷はライカの【鉄風雷火】という“固有転技”によるものだが……威力を小出しにしていたからか、使用されていた存在力も僅かな量だったし、このくらいなら時間は多少かかるけど、みんなと同じようにご飯を食べて、十分な休養を取れば、僕の存在力も回復してこの傷も癒えるようになるはずさ……!!」
そういう、ものなんだろうか?
"転倒者"という存在があまりにも実態が掴みにくいから、本当にそうなのか分からないし、けれど言い切られてしまうと「そういうものなのかな?」と流されそうにもなる。
それでも、まだ訝しむ俺に対して、ヘンゼルさんが腹部を抑えながら、真剣な顔つきで語りかけてくる。
「それよりも現在深刻なのは、ライカ達に僕がこれまで秘匿してきた奥の手の【輝きとともに、道を指し示す者】が知られてしまった事だ。……ライカはあのときに確実にとどめを刺すべきだったが、この情報が知れ渡った事で、戦局は僕達にとってまた厳しいものとなってしまった……」
沈痛な面持ちでそう語るベンゼルさんと、それを聞いて同じような表情になる周囲のプレイヤー達。
この空気を打破しようと、俺は慌てて思いついた話題をヘンゼルさんに振る。
「で、でも!そのライカは、自分の“固有転技”で自爆して、ヘンゼルさん以上にダメージを負って存在力を消耗しているんだろ!?そんな状態なら、なんとか対処出来るんじゃないんですか?」
これらの事は、ヘンゼルさん自身がライカに告げていた事のはずだ。
だから、そこまで悲観だけする必要はないと感じたのだが、どうにも事情が違うらしい。
俺の問いに対して、ヘンゼルさんは首を横に振る。
「確かに、あの場で決着をつけるのならば、それで何も問題はなかった。……だが、ライカが自分達のアジトに逃げ帰ってしまえば、そうも言っていられなくなるんだ……!!」
一体、何があるというのだろうか。
そう訊ねようにも、ヘンゼルさんの気迫を前に思わず押し黙る俺。
ヘンゼルさんは、そんな俺の言葉を待つことなく、その"答え"を口にする。
「僕達と違って、"お菓子の家の魔女"をはじめとする異種族側に与する"転倒者"達は、このシスタイガー大森林の支配者にして異種族達が崇拝する"神獣"という存在から、この世界に存在するための力を定期的に与えられているんだ」
そうして一呼吸ついてから、「つまり」とヘンゼルさんが続ける。
「――事実上彼女達は"固有転技"を受けたとしても、それを容易に治療する事が可能なんだ……!!」
ヘンゼルさんから告げられた情報を前に、凄まじい衝撃を受ける俺。
――レベルに関係なく、プレイヤー達を即死させる事が出来るムチプリ♡な異種族達。
――"お菓子の家の魔女"をはじめとする、ヘンゼルさん達を追い詰めるほどの強大な"転倒者"達。
――そして、そんな彼女達に力を分け与えるほどの圧倒的な存在:"神獣"。
ここに来て俺は、ようやくこの森に生きるプレイヤー達が、どれほど絶望的な窮地に立たされているのか、その一端を理解出来た気がした……。




