ラプラプ王の喪失
「……今回は、本ッ当にゴメン!!魔女に激突した時に一発で上手く止まれたから、今回もイケると思ったけど、やっぱり【野衾・極】は、まだまだ制御が難しいスキルだったみたい……!」
開口一番、そのように謝罪の言葉を口にするオボロ。
どうやら、ラプラプ王が敵に捕まった上にそれを取り逃してしまったのは、自分が任された犬神 秋人の救出をもっと早く出来なかった事と、二度目の【野衾・極】で魔女にトドメを刺せなかった事によるものだと思っているようだ。
割と前向きを通り越して、自分本位な言動が目立つオボロだが、これまでこの遺跡探索まででともに戦ってきたラプラプ王がいなくなった事は、彼女にとってもショックが大きかったらしい。
そんなオボロの発言に、俺は慌てて反論する。
「いや……俺がもっと強ければ、ラプラプ王だけを戦わせたりせずに、一緒に魔女を倒して、皆で無事にこの遺跡から脱出出来たはずなんだ。……オボロは俺が任せた自分の役割をこなしただけだ。俺が、もっと強ければ……!!」
「……リューキ」
「……ピ、ピ、ピ―ス……」
オボロとヒサヒデに心配させるのは申し訳ないが……でも、しょうがないだろう!
自信満々で挑んでおきながら、俺は結局自分の力ではあの"淫蕩を腐食させる者”というユニークモンスターにも、“お菓子の家の魔女”にも全く歯が立たなかった。
あの場でもしも、力を温存したまま上手く"淫蕩を腐食させる者”との遭遇を切り抜ける事が出来ていたら――。
例え、“BE-POP”が枯渇しかかっていても、純粋な身体能力だけで“お菓子の家の魔女”を追い詰められるくらいに、俺が強かったのなら――。
本当はそんな事、誰であっても無理だという事は、頭で分かっている。
だけど――これまで『新時代を切り開く』と言われてきた“山賊”である俺だからこそ、そんな不可能を可能にするような“奇跡”のようなものに縋りつきたくて仕方なかった。
そのように俺達が自身の無力さに打ちひしがれている――そのときだった。
「感傷に浸るのはそこまでにしておけよ、お前等。名門である犬神家の血を引く俺ですら、今回は敵に捕らわれる無様を晒し、あの魔女と対峙する機会がありながらそれをみすみす取り逃がす羽目になってんだ。……ましてや、どこの馬の骨とも知れんお前等風情に、あれ以上あの場で出来ることなんざありはしねぇよ」
そう憮然とした声とともに、傲岸不遜ともいえる発言をしたのは、当然の如く犬神 秋人だった。
先ほどのオボロのスキル発動中の時とは違って、俺達に当たり散らしたりしない事が意外だったが、今の発言からするに、そんなオボロによって捕らえられていた状態から救出されたという引け目と、曲がりなりにも『名家の跡取り』としての矜持とやらがあるからかもしれない。
……まぁ、それ以前に超高速で飛来するオボロの【野衾・極】を使用しても魔女に逃げられた時点で、あれ以上の速さで動けない限り、俺達に魔女を捕らえる事は出来なかったに違いないが……。
それにしても、怒鳴り散らしたりするよりかはマシとはいえ、いくら名家とやらだからってそんな物言いをする必要があるのかよ!
俺は出会って早々、この犬神 秋人という“転倒者”に反感を覚えた俺は、奴に向かって詰め寄ろうとする。
だが対する犬神 秋人は、そんな俺の様子には目もくれず、なおも言葉を続ける。
「ラプラプ王を取り込んだあの“影”とやらは、“転倒者”である魔女の存在力が込められているわけでもない単なる魔術、とやらだ。それなら、敵はまだラプラプ王を害する事は出来ないはずだ。……敵の真意は分からんが、このまま無駄にもたついていれば、それだけラプラプ王の生存確率が下がると思うんだが、俺の言っている事は何か間違っているか?」
予想よりもしっかりとした犬神 秋人の言い分と、有無を言わせない凄みの前に、先程までの気持ちはどこへやら。
気がつくと俺は、「い、いや……別に」と言いながら、踏み出したはずの足をもとの位置に引き返していた。
「……ダッサ」
「……ピ~ス」
うるせぇ。
下手な事言って、あとで他者の目がない場所でコイツにカツアゲとか陰湿なイジメとかされたら怖いだろうが。
大体お前等は俺を馬鹿にするよりも、しっかりとラプラプ王がいなくなったことを悲しめ!
……それにしても、犬神 秋人。
俺達の先程までの感傷をこんな短い時間で、やり取りとも言えぬ傲慢な物言いで切り替えてくるとは、なかなかに恐ろしい奴だな。
まぁ、家柄が良かったりお金持ちの奴って漫画や映画だと、『裏では大体悪い事している』ってイメージだし、コイツもやっぱり権力や財力を使ってか弱き無辜の民の意思をねじ伏せるのはお手の物なんだろうか?
「……リューキ、とか言ったか。テメェ、今俺に対して物凄く無礼なことを考えたりしてたんじゃねぇだろうなぁ?」
「え、え!?……べ、別に……?」
突如、物凄い剣幕で睨みつけてきた犬神 秋人を前に、図星を突かれたあまり思わずしどろもどろになりながら俺は答える。
「……ダッサ」
「……ピ~ス」
うっせ、うっせ!
内心でそう俺が二人に毒づいている間に、犬神 秋人はフン、と鼻を鳴らしながら、視線を移す。
彼が見つめる先――そこにあったのは、この部屋に入ったときにエルフのお姉さん達が調査していた装置らしき物体だった。
魔女の発言とエルフ達の行動からして、敵が求めていたのはこの装置だったはずだが……。
犬神 秋人は装置を前にしながら、一人呟く。
「解せんな。自らこの遺跡へと乗り込むくらいに、“魔女”にとってこの『完全治癒装置』は入手したいものだったはず。……それがいくら手負いだからとはいえ、ラプラプ王を捕まえたくらいであぁもアッサリと撤退するだと……?」
『完全治癒装置』……?
名前の響きからして大体どのような性能なのかは想像がつくが、犬神 秋人はこの装置と魔女の目的について何か知っているのだろうか?




